20世紀中高年。
1999年、7月。
恐怖の大王は降ってこなかったが、オタクの世界にはとんでもない恐怖の大王が降臨していた……。
ってなことは大げさですが、「金田一少年の推理ミス」や「礒野家の謎」が検証本の元祖なら、「空想科学読本」は検証本の中興の祖であるといえるんじゃないでしょうか。
「空想科学読本」はアニメやマンガ、特撮を科学的に検証した本でして、これが出た当初は「なんじゃこりゃ」と大騒動したものです。
私なんかは表紙の片目の博士を見ながら「お、平田昭彦先生!」などとニヤリとしたものですが、あちこちで何か違和感を感じました。
それがわかったのはと学会の山本弘先生がボコボコにぶった切ったときです。
そう、柳田先生は一部の科学の問題や、アニメの設定の語り口を間違えていたのです。
この辺は『こんなにヘンだぞ!「空想科学読本」』などの本でつっこまれてますんで割愛します。
さて、「空想科学読本」以後、科学や現実に即した検証本が多数出版されました。
今回取り上げるのはその中の一つ「空想刑事読本」(斉藤直隆・著 ぶんか社)です。
これがきっかけで色々な刑事ドラマを見るようになった思い出の一冊です。
しかし、今読み返すとあまりにも間違いが多いんです。どうせ山本先生が取り上げるほど売れてるわけでもなさそうだし、うちで検証します。
検証といっても刑事ドラマの専門だけですよ。法律とかわかんないから。
まずは「太陽にほえろ!」
シンコ刑事こと内田伸子巡査(1〜111話登場)を「番組開始当初は交通課の婦警」と表記しています。
高橋惠子氏演じる内田巡査は開始当初少年課の刑事で、38話「おしんこ刑事誕生!」より捜査一係になります。
交通課婦警だったのはマミー刑事こと岩城令子巡査(出演:長谷直美)。
混同かとおもいきや、マミーのところには「275話(交通)」とありまして、単なる勘違いのようですです。
とはいえ、この本の最大の問題はボスの階級が警部補になっていること、でしょう。
この本には「ボスは警部補だから銭形警部より偉くない」とか「山さんと階級が同じなのになぜ山さんはボスの部下なのか」などといった検証まであります。
ボスは警部なので、その辺の前提は全部パーです。
もちろん、ボスの階級については警部補説と警部説が存在します。
また、確かに一般的警察組織では係長は警部補が努めますが、ボスは警部です。
最大の証拠は、第665話。
犯人がボスこと藤堂俊介(出演:石原裕次郎)を「藤堂警部!」と呼ぶシーンがあるんですよね。
一部の本では警部補となっているんですけど、よーく番組を見ていればどうやら藤堂の階級が警部であることは見当がつきそうです。
大体、警部補だったら橘兵庫警部(出演:渡哲也)がなぜボスの命令を受けるのかわかんないですよね。
この論拠については「映像作品内にて描かれた事実は、オフィシャル設定よりも優先される」という「すごい科学で守ります」方式を採用しておりまして、いくら岡田プロデューサーが「警部補でした」などと言ってもダメです。
せめて警部補説を採用する…と一言言及しておけばまだ良かったんですが、残念な限りです。
そして、「西部警察」。
ここまで不勉強なのはどうなのかと思うんですけど、この本が出た当時はインターネットも未発達な上に、石原プロモーションがなかなか「西部警察」関連の資料を公開しなかったこともあって、わからなかったんでしょうね。
でも、そんな事情をさっぴいいてもツッコミを入れさせてもらいます。
まず、階級が全然違います。
一応階級は推定とか書いてあるんですが、はっきりしている階級も多数あります。
そのはっきりしている階級すらあってないんですよ。
まず木暮課長。
これはパート2「ニューフェイス!西部機動軍団」において佐川係長とイッペイの会話ではっきり「警視」が確定してます。
にもかかわらず「警部」ですよ。
そんなバカな。
鳩村英次も巡査になってますが、実は巡査長が正解です。まあ、現実の巡査長とドラマ世界の巡査長の扱いは少し違うので、わからなかったんでしょうね。
さて、西部警察の階級ですが、確定組はこんな感じです。
警視:木暮課長
警部補:二宮係長、佐川係長
巡査長:鳩村
巡査:兼子、平尾、沖田(警部から巡査に降格)、五代(最終回で警部補に)
このあたりを推測するに、残るメンツはこんな風に予測できます。
巡査部長:大門(一応係長の部下なので、形式上巡査部長なのだろう)
巡査:巽、桐生、北条
不明:松田(巡査?)、源田(巡査?)、山県(巡査?)、谷・浜・南(大門を「団長」ではなく「大さん」と呼ぶので巡査部長?)
話を戻しましょう。
次に、装備の表記が間違ってます。
まず、「鳩村巡査がハーレーダヴィッドソン」に乗っていると書いてあります。
もしもーし、斉藤さん、鳩さんが乗ってるのはスズキのカタナですよ!?
おそらく鳩村と同じ、舘ひろしさん演ずる巽巡査はハーレーを駆っていたので、それと混同したんだと思うんですが、ハーレー乗ってたのは半年、カタナに乗っていたのは2年近く。
本放送当時「西部警察」見ていれば絶対気がつくはずなんですが……。
しかし、一番いただけないのは大門団長のショットガンをレミントン・レピータ870と書いてることですね。
レミントンM31なんですけど……。
これはちょっと銃器関連の本を調べれば一発でわかるはずなんですが……。
仮にわからなくともその筋のマニアに「西部警察のショットガン」といえばまずM31という情報が得られるはずなので、ここは怠慢だと思います。
このほか特車サファリを「被疑者検挙の役に立たない」とも書いてありました。
現実の話ならともかく、どうも著者は静岡ロケ編や広島ロケ編を見ていないようですな。
こうなってくると、「戦車が登場」を「装甲車」だよなんて突っ込むのがアホらしくなりますね。
ちなみに「装甲車を西部署が配備してた」「2話で使い捨てた」…という意味不明の記述もありましたが、レディバードの名前を「ARMORED MOTOR CAR」と記載しており、石原プロのサイトを参考に書いた可能性が高いです。
「無防備都市」のレディバードは敵役だったはずなんですが、ヘンですねぇ。
最後に、一番許せないのが「特捜最前線」の扱いです。
まあ、地味なストーリーで目立った間違いもなく、あまりネタにしづらくてスルーしたんでしょう。
しかし、放送開始年が1959年というのは大間違いこれ極まる、でしょう。
(ちなみに昭和59年という可能性も考えたけど、「特捜最前線」開始は1977年。全然違う)
「特別機動捜査隊」と勘違いしたのかなーと思ったんですけど、それは違います。
61年放送開始なんですよね。
そもそも、1959年なんて、「七人の刑事」も始まってない頃で、日本製の刑事ドラマってなかったはずなんですよ。
とするとタイプミスですかねえ……。
このほか刑事ドラマコレクションで「ザ・スクールコップ」は入れてるのに「あいつがトラブル」を入れてないあたり、ドラマ一覧から刑事ドラマっぽい名前のものだけ抜き出して書いてる可能性もあります。
とはいえ、フカキョン主演の「富豪刑事」にサスペンスドラマと、この手のドラマは消える気配が全くありません。
「はぐれ刑事純情派」の終了で、ついに「七人の刑事」以来の「デカ部屋」ドラマが消えそうですが、またいつか、そういうドラマも復活するでしょう。
この手の検証本は、現実サイドの専門家が書くとマニア受けが悪く、かつ記述に誤りが多い傾向になり、かといってオタクによる批判は現実的な部分で誤りが出てきます。
「空想科学」関係のブームは一段落した感はありますが、この先また検証本を出すなら現実と作品の整合性がないといけないと思います。
本日、「特捜戦隊デカレンジャー」が無事最終回になりました。
時間の関係もあってあんまり見てなかったんですけど、戦隊の最終回はどれも名作揃いな気がします。
いや、不覚にも涙が……。
犯罪者と戦うってことで、最強の敵が、「俺を倒しても人がいる限り犯罪はなくならない」って叫ぶんですよ。
それでも主人公達は「すべての人の心に、愛と勇気と、正義を信じる心が芽生える日が来る!」と叫んで戦います。
もう、熱くて熱くて…ジーンって来ちゃいました。
俺よ!俺のこころには愛と勇気と、正義を信じる心はあるか!?
さて、「デカレンジャー」はゲスト扱いも含めて味方の戦士が9人もいるという豪華版でしたね。
ビデオ版「マジレンジャーVSデカレンジャー」(たぶんやると思う)にはデカブライトは無理でも、デカスワンとか普通に出演しそうなので、デカレンジャーは8人というカウントにした方がいいと思うんですが…7人の方が無難ですかねえ。
で、ふと疑問に思いました。
スーパー戦隊って果たして何人いるのだろうか、と。
その昔、東映が石森プロとの権利関係でゴレンジャーとジャッカーを戦隊から抹殺していたことがあり、そのとき「高速戦隊ターボレンジャー」第1話「頼むぞターボレンジャー」にてバトルフィーバーJからライブマンまでの戦隊が、レッドだけでなく、全色揃って登場したことがありました。
このときは計算は楽です。
ターボレンジャー含めて11戦隊なので、5×11−2(サンバルカンは3人)で53人です。
ところがその後、「恐竜戦隊ジュウレンジャー」以降「6人目の戦士登場」というパターンが確立します。
これがドラゴンレンジャーとかキングレンジャーみたいに明らかにカウントできればいいんですが、ニンジャマンやシグナルマン、VRVマスターはノーカウントだとか、黒騎士ヒュウガはOKとか、結構サイトによってバラツキがあります。
さらに言えば、日本では出てこないけどタイタニアムレンジャー(パワーレンジャー・ライトスピードレスキュー)は特別にカウントしておくとか、もうバラッバラです。
というわけで、今回はスーパー戦隊30周年ということで、レッドだけでなく、全員が集合したらどういう事態になるのか、ということを考えてみます。
スーパー戦隊は次週よりオンエアがはじまる「魔法戦隊マジレンジャー」を含めて29作品。
戦隊の基本構成員は、「太陽戦隊サンバルカン」を除き5人。
「忍風戦隊ハリケンジャー」「爆竜戦隊アバレンジャー」は当初3人とか4人でしたが、ゴウライジャーにアバレブラックとアバレキラーの登場で予想通り最後で5人になっているので、基本5人とします。
また、ゲストで登場したX1マスクやネオジェットマンなどは考えずに、ドラゴンレンジャーやキバレンジャーと言ったレギュラーキャラも戦士に加えます。
今回はドラゴンレンジャー、キバレンジャー、キングレンジャー、メガシルバー、黒騎士ヒュウガ、タイムファイアー、ガオシルバー、シュリケンジャー、デカマスター、デカブレイクの10人とします。
で、やってみると、29戦隊×5人−2人(サンバルカン)+10(6人目の戦士)と仮定して、153人です。
中の人の日当を1万円と仮定すると153万円必要なわけで、全員集合!ってのはかなり難しいでしょうね。
フラッシュマンのように地球を去ったり、二代目がいてその人が劇中で殉職降板ではなく転勤(ミスアメリカとかバルイーグル)とか、最終回近くで殉職したりしてる場合もありますが、この計算では省いています。
「スーパー戦隊30周年だよ、全員集合!」とか叫んで、こう、ガケの上に「うぉぉぉぉぉ!」と叫んでレッドだけじゃなくて、こう、全スーパー戦隊が並んでくれたら凄く壮観なんですけどねえ。
やっぱ無理かなあ。
そりゃ、150人もいたらとんでもなく手間暇かかりそうだけどなあ……。
予算もかかりそうだけどなあ……。
「あなたも戦隊の中に入りませんか?ただし、経費は自腹で!」とかサイトで募集すれば、オタク好き者の150人くらい余裕で集まると思うんだけどなあ……。ああ、体型でNGなのかなあ……。
スーツ代もかかるでしょうし、これやったところでオモチャの売り上げが伸びるわけでもないでしょうから、オモチャ会社がゴーサイン出さなければ無理かもしれません。
そのスーパー戦隊がはじまって30年。
デカレンジャー最終回で28戦隊が殿堂入り。
デカレンジャー18話で通算1400話なので、1432話がオンエアされてきたわけです。
それだけオンエアされれば、出演者にも亡くなられたり、現在も第一線で活躍されていたり、俳優から足を洗われたり、色々な方々がいらっしゃるわけです。
みなさんは、戦隊に出てた有名人と聞いて誰を思い浮かべますか?
…と質問すると、大概の場合、ケイン・コスギ氏、さとう珠緒氏、金子昇氏、玉山鉄二氏あたりが挙がってきます。
最近はいつぞやの「太陽にほえろ!」というか、スーパー戦隊や仮面ライダーは新人俳優やアイドルの登竜門として認知され、戦隊卒業後はそれぞれ活躍していますが、これはあくまでも「ここ数年」です。
昔の戦隊はJACの人が多く、卒業後はそのままスタントマンとか、そんな人が多かったんですよね。
また、当初から戦隊シリーズは「長官や戦隊の協力者などは名の知れた人を起用する」スタンスで共通しています。
田中浩氏、東千代之介氏、岸田森氏、島田順司氏、藤巻潤氏、谷隼人氏、岡本富士太氏、多々良純氏、マイク眞木氏などが出演されています。
また、悪役にも著名な俳優が脇を固めることが多く、八名信夫氏、石橋雅史氏、マキ上田氏、曽我町子氏、中田博久氏、ストロング金剛氏、黒田福美氏、清水紘治氏などが出演されています。
近年は悪のボスを着ぐるみにし、豪華な声優さんを起用する(たとえばカーレンジャーは悪のボス役で大竹宏氏が出演。当然「マジンガーZ」のボスとかけたのだろう)傾向にあります。
このほか、この手の特撮ドラマはオールアフレコなので、出演者がしばしば声優としてアニメなどに出演されることも多いです。
一例としては内田直哉氏、岸祐二氏、松風雅也氏、中田譲治氏などがいらっしゃいますが、この先もっと増えるかもしれませんね。
このほか、最近の戦隊シリーズでは過去の特撮作品と絡めた「大きなお友達向け」のギャグを飛ばすこともあります。
「ハリケンジャー」に登場したシュリケンジャーというキャラは、毎回戦隊OBがゲスト出演してましたっけ。
宇宙刑事ギャバンの大葉健二氏が蒸着ポーズを決めていたことは未だ記憶に新しいでしょう。
このほか、「ハリケンジャー」には池田秀一氏が悪の幹部役で出演。
かの「通常の3倍仮面」の名台詞を披露し、子どもを置いてけぼりにしていました。
今や「パワーレンジャー」の人気によって、世界に誇る日本の文化となった「スーパー戦隊」。
この先も続いてくれることを願ってやみません。
<賞味期限は切れてますが、ネタバレはしてますので未見の方は一応ご注意ください。また本作は一部に刺激の強い映像が流れる場面もあり、そういったものに嫌悪を覚える方はご覧にならないことをおすすめします。>
今日はとっても賞味期限の切れたネタやります。
「華氏911」を今更見ました。
いや、今更。
だって、肝心のラストは「ブッシュ再選阻止!」だけど再選されましたし。
ある人によれば、この映画でかなりの人々が「アンチ・アンチブッシュ」に動き、かえってブッシュ再選をアシストしたとも聞きます。
まあ、実際これを見ればアシストしたというのも無理はないよなあ、と思います。
実は、この映画をどういう順番で斬ったらいいのか非常に困ってるんですよ。
普通に斬るだけならもう、すでに大多数のサイトさんと映画評論家がぶった斬ってるわけでね。
まず俺の感想。
最初30分は凄ェおもしれー。
でもあとの90分は苦痛。
以上終了。
いや、本当にその程度の映画なんですよ。
友人が「この映画のどこが面白いんだ!」って言ってたけど、さもありなん。
欠点をあげつらうのは不味いんだけど、敢えて言わせて貰えば、まずはフォーカスのブレ。
序盤のブッシュ政権の赤っ恥映像連発には笑ったし、9・11の対応のまずさ、ビン=ラディン一族との関係といったあたりはとても面白くまとめてある。
ところが、それがイラク戦争に移るとどこかフォーカスがずれてくる。
ブッシュ政権への攻撃なのか、兵士の遺族の悲しみか、それとも他のものか。
上院議員に「あなたの息子さんを海兵隊に!」と突撃するシーンは面白かったが、その議員さんがもしも民主党の議員だった場合、明らかに観客の攻撃の矛先は変わってきます。
まだまだあります。
目的はブッシュ再選阻止…にもかかわらず、ブッシュだけでなく、「議員はいちいち法案なんか読まないって」と、他の議員さんもブッシュとあんまり大差がないことを証明してしまったのです。
冒頭、ゴアを大統領にするために黒人の議員たちが異議申し立てをするシーンがあるんですが、そこで上院議員一人がサインすればその申立書は認められるか認められないか以前に一応受理される。
こっちからすれば「ゴアは何でまたサインしなかったわけ?」と言う疑問に襲われます。
どうせ認められないとわかってるのか、どうなのか。
実際に見終わって、ブッシュへ憎悪を抱いたかというとそれほどでもない。
もちろん、戦争に対する嫌悪感は多少感じたけれども。
アメリカは複雑な国だな、という程度の認識です。
ムーアは本気で再選を阻止したかったのなら、もう少し工夫すべきではなかったかと思います。
また、この映画をダメにしたもう一つの理由は「中だるみ」です。
この映画は途中から完全にアンチブッシュ映画から、反戦映画に切り替わるのですね。
大方撮影してる最中にイラク戦争が始まり、プロットが変わったんだと思います。
実際、記者会見で「この映画はブッシュ氏批判ではなく、9・11後に起きたより大きな問題を考えるのが目的」とムーアは語ってますが、前半(ブッシュ批判)と後半(アメリカ問題の考察)の目的地が全然違います。
途中から流されたアンチイラク戦争で受け手の感情はブッシュ以外の他のものへ動きます。
イラク戦争のパートはこの映画において、本来ブッシュに向けるべき怒りの矛先を、抽象的なものに向けさせる結果となりました。
そういう意味で、私はこの映画がブッシュの再選を間違いなくアシストしたという印象を持っています。
また、当サイトで「華氏911」はとにかく低評価なんだけど、「別にこの映画ってマイケル=ムーアでなくても撮れんじゃん」という印象も、今ひとつ高く評価しづらい理由のひとつです。
日本で言うならば、「特ダネ」とか「ワイドスクランブル!」で小泉純一郎総理の赤っ恥映像を交え、ごくたまに小倉さんとか山本晋也監督がヅラトーク・エロトークしつつ議員に直撃、その程度なんですよ。
ムーアでなければならない必然性は、サウジ大使館前でカメラ向けただけで大統領警護官に職務質問される場面と、法案を読み上げるときや議員さんに取材する際、「ムーアです」というだけで自己紹介が何も要らないという「彼自身のタレント性」だけです。
こんなの、日本ではビートたけしさんとか、久米宏さん、筑紫哲也さんでも出来ることですよ。
そう考えると、この映画はマイケル=ムーア版「テレビタックル」と思えてきます。
確かにこの映像は面白い。
面白い映像だけコピペして、ブッシュや閣僚がCGで「荒野の七人」のコスプレをして、最後に兵士の遺族が出てきてしんみりさせる。
なるほど、アメリカ人、欧米人にすればこれは「新しいタイプのドキュメンタリー映画」でしょう。
ところが、日本人からすればこれは別に新しくも何ともない。古いとも言える。
この程度の映像は毎朝、お昼過ぎ、ワイドショーで大量にオンエアされるし、仕事で忙しいお父さんも「ブロードキャスター」を見るだけでそのダイジェストを享受できるのです。
「テレビタックル」では本物の議員さんが出演してギャグを飛ばし、スペシャルでは自らお侍さんのコスプレまでして「永田町時代劇」をやってます。
「平成教育委員会」で解答者もやれば、どっきりカメラにはめられるし、ボーリングだってする。
国民の娯楽に貢献すべく、グルメ番組で料理の審査員もする。
確かに平沢先生はこの先閣僚になれる可能性はないし、窓際族でしょうが、世界広しといえども、こんなことやってるのは日本だけでしょうね。
だが、それが当然の我々にとって、CGでブッシュの合成画像を見せられても、出来の悪い職人が「2ちゃんねる」にアップロードしたあの画像とどう違うのか、という感想しか持てないのです。
前評判の割に日本で評価が低かった一因はポリティカル(政治的)なものへの嫌悪感とか、ブッシュをそこまで嫌ってないからとか色々推測されました。
私としては、日本人はわざわざ高い金を払ってまでワイドショーを見るほど無駄遣いをする人々ではない、ということが大きな原因だろうと思います。
そもそも、「2ちゃんねる」や、ワイドショーはタダです。
そういえば、どっかの映画評で「人の悪口って気持ちいい。いい映画だ」とかあったが、わざわざ映画館へ行って実際にいる人の悪口をカネ払って見なくとも、我々はタダで、しかも、より「リアル」な悪口を享受できるのです。
確かに2ちゃんでブラクラ踏むとか、グロ踏むとか、そういうリスクはあるかもしれないし、過去ログ読むのは有料(※本当はちょっと違うんだが面倒なので略す)ですが、少なくとも普通に見る分には現金が財布から消えることはありません。
(あと、この映画、「イラク戦争」の部分でグロ画像が大量に出るのでグロが嫌いな人は要注意。まあ、字幕読むのに忙しくて余裕があんまりないだろうけど)
ところが、「華氏911」は映画館で見れば2000円以上かかるし、私だって今回DVDを200円で借りたわけです。
タダではないのです!(まあ、ネタを得る費用と考えれば200円は安いものだが)
じゃあこの映画の意義は何もなかったのか、ブッシュも再選されたし、というとそうではありません。
私はきちんと意義があったと思います。
欧米のハイ・ソサエティーはワイドショーとかゴシップを毛嫌いしつつ、ちょっとポリティカルにしただけで「オサレ」とか言ってカンヌの大賞まで与えるアホですということが明らかになったのです。
ハッキリ言って日本のマスメディアはこれを絶賛している場合じゃないですよ。
こういうポリティカル・ワイドショーが世界に通じると言うことが立証された今、テレビタックルと東スポは共同で「華氏911」より面白い「摂氏911」を撮るべきです。
「華氏911」がカンヌなら、「摂氏911」はベネチアとベルリンとモスクワでグランプリを取れるはずです。
大いに期待したいと思います。
この世界は幾多の歴史を刻んできました。
その中で、表の歴史として人々の記憶に残り、語り継がれる歴史はほんの一握り。
多くの歴史は「なかったこと」にされていくのです。
安田成美さんの歌った「風の谷のナウシカ」をはじめ、「黒歴史」というのは確実に存在するのです。
そこの読者さん、あなたの好きな「ごくせん」の主演女優がその昔「機動戦艦ナデシコ」の劇場版で声優を努め、「未来少年コナンII タイガアドベンチャー」(作品自体黒歴史)で主題歌まで歌っていた…この歴史を知っていますか?
大方「黒歴史」と聞いて、一般ピープルが抱くイメージは「オダギリジョーが仮面ライダーだった」程度のことだと思います。
甘いのです。
黒歴史。
それは触れてはいけないもの。
しかし、その黒歴史を求めて旅立ってしまう馬鹿者…もとい若者もいるのです。
そう、私のように。
……つーわけで旅立っちゃいました。ハイ。
劇場版「ふしぎの海のナディア」を見ちゃいましたッ!!
ええ、もう。
見ちゃったわけですよ、ええ。
いやー、凄いッスよ。
上映時間85分。
そのうち半分くらいはテレビシリーズをぶつ切りにしてえんえん見せられる。
「テレビを見てない人への配慮」なんでしょうが、大体この手の映画を見る人はちゃんとテレビシリーズは全話録画してるでしょうし、ナディア知らない人があの編集を見ても絶対にわからない。わかるわけがない。
「ああ、こんな話もあったなー」とか、見てるこっちは懐かしく見てましたが。
(※先日の再放送は時間が悪くて見られなかった)
あらすじは非常にシンプル。
悪者がでてきて、人造人間を利用した悪事を企むんだけど、ナディア・ジャン・グランディストリオに撃退されてオシマイ。
以上終了。
本編は正味50分。
しかし、内容は薄い。実に薄っぺら。
同じ上映時間でも「仮面ライダーZO」は凄く面白かったのに……。
キャラもおかしいことこの上ないです。
テレビ版でネモ船長・ガーゴイル・ネオ皇帝は死んでるし、ブルーウォーターもジャンを助けるために使い切ってしまったため、本作には登場しません。
一応悪役は「ガーゴイルの残党」みたいな感じで描かれてますが、ガーゴイルほど怖くありません。
っていうか、テレビ版の何年後なんですかこれは。
テレビの最終回で、実はマリーが後日談を語ってくれます。
でまあ、キングに嫁が出来たとか、ナディアは相変わらずベジタリアンとか、マリーがサンソンと結婚したとか、そういうのをやってくれるんですが。
確かナディアは最終回でジャンと一緒に暮らすようになったはずなのに、なぜかイギリスで新聞記者してますし、サンソンは相変わらず独身貴族です。
っていうかキングもマリーも登場しません。
エレクトラさんを出さないとかはまだしも、「オイオイ、こりゃねーだろ」と思いました。
その割に声優さんは豪華で、ナディアの上司は玄田哲章さんだし、そのまた上司は緒方賢一さん。
悪役は「ネモ船長」大塚明夫のお父様・大塚周夫さんです。
何より冒頭の戦争に関するナレーションはシャア大佐こと池田秀一さんです。
「オイオイ、イケシューかよ!」と思い、一体どんな悪役かと思いきやただのちんぴら。
そして登場5分で即死亡。
この作品、本当に魅力的なキャラを出してるのに、説明は全部台詞でやるし、展開は急激すぎる。
あと、キャラどアップで口パクオンリー。
いや、ロングになるともっと酷い。
実は、私はその辺のオタクと違って作画レベルにこだわるとか、そういうのはないんです。
その私でも「なんじゃこりゃ」って思ったくらい酷かったんですよね。
実はこの作品、スタッフに庵野秀明監督をはじめ、テレビ版でメインやってた人がいないんですよ。
一応、メインキャラクターデザインは貞本先生(ってかテレビの使い回し)ですが、新規キャラは別の人が担当し、新キャラと旧キャラの違和感が激しいです。
と、散々バカにしまくってるこの映画ですが、一カ所だけ凄く面白いシーンがありました。
ジャンが開発したペンシルロケットがあるんですが、なんとその外観は「ヱクセリヲン」でした。
「行けー!ヱクセリヲン!」とタカヤノリコもとい日高のり子さんが叫んだ瞬間は感動しましたねえ。
ネタのために200円ドブに捨てられる人は、唖然として欲しい名作黒歴史だったと思います。
訃報が入ってきました。
脚本家・フラグシップ(カプコン子会社)取締役の杉村升(のぼる)さんが亡くなったそうです。
享年、56歳。
早すぎます。
おそらく、私と同世代の人間は滅茶苦茶この人にお世話になっていると思います。
杉村さんは「太陽にほえろ!」テキサス期121話「審判なき罪」でデビュー。
その後も「俺たちは天使だ!」「爆走ドーベルマン刑事」「ザ・ハングマン」「西部警察」「スケバン刑事」に参加されています。
しかし、なんと言っても活躍の中心は特撮ヒーローです。
「星雲仮面マシンマン」「兄弟拳バイクロッサー」「時空戦士スピルバン」「世界忍者戦ジライヤ」を皮切りに、「機動刑事ジバン」「特警ウインスペクター」「特救指令ソルブレイン」「恐竜戦隊ジュウレンジャー」「五星戦隊ダイレンジャー」「忍者戦隊カクレンジャー」「超力戦隊オーレンジャー」ではメインライターを努めました。
このほか「仮面ライダーBLACK」では後半ほぼメインライター状態(シャドームーン登場編やライダーがシャドームーンに負けて死ぬ話、最終回を担当)であり、すっかり黒歴史の映画「仮面ライダーZO」では脚本を努められました。
その後はゲームのシナリオに比重を移し、「バイオハザード2」「鬼武者」「クロックタワー3」などのシナリオを担当されました。
(「鬼武者2」で松田優作さんを使うというアイデアは杉村氏のものだそうです)
私と同世代の人だと、きっと、ガキの頃杉村氏のドラマを見て、大きくなったら杉村氏のゲームで遊ぶ、という人がいたと思います。
今日は、氏の功績を振り返りたいと思います。
私は、杉村氏というのは、ヒーローを改革した第一人者だったと思います。
最近のヒーローは、「仮面ライダークウガ」のオダギリ革命で「世界を守ろうなんて思わない、でも、自分の身近な人は守りたい」という、ミクロな視点で戦ってます。
結果として「仮面ライダー龍騎」のような、自分勝手な理由で戦う人々が出ちゃったわけです。
私は、杉村改革のまっただ中にいて、別のヒーローの洗礼を浴びてます。
すなわち、「ヒーローはマクロな面では成功するが、ミクロな面では成功しない」と。
「機動刑事ジバン」最終回。
悪の組織のボスは倒したものの、仲間たち(意志を持った喋るパトカーとか)はすべて破壊され、たった一人残った主人公は愛する人たちに別れを告げて一人、去っていきます。
「仮面ライダーBLACK」最終回。
悪の組織・ゴルゴムは滅ぼしますが、ライダーは親友・シャドームーンを助けることができません。
ゴルゴムのボスにも「お前の親友は戻ってこないぞ」みたいなことを言われます。
(なお、RXに杉村氏は一切関わっていません。BLACKとRXの間に存在する違和感は、杉村氏不在というのもあったのかもしれません)
「仮面ライダーZO」ラスト。
ライダーは望月少年は守りますが、彼の父親で恩師の博士を助けることができません。
「恐竜戦隊ジュウレンジャー」も、世界は平和になりますが、レッドの兄・ドラゴンレンジャーは死亡します。
しかし、極めつけは「特救指令ソルブレイン」と「五星戦隊ダイレンジャー」の最終回。
「ソルブレイン」は人の命と心を救うために存在しています。
第1回から、犯罪に巻き込まれた人々を救い、さらに犯罪者の心を救う活動をします。早い話が、熱い説得で犯人に慚愧の念を喚起させるのです。
しかし、最終回。
最強最悪のテロリスト・高岡は、「人の心なんて救えない!」と叫び、服毒自殺します。
それを見た主人公の上司は、「我々は、この男の命も、心も救えなかった!」とつぶやきます。
このシーンは本放送以来見てないんですが、滅茶苦茶ショックだったので今でも覚えてます。
1年分の話を最後に全部ひっくり返しちゃったんですよね。
「ダイレンジャー」も、ラストは驚きました。
終盤、「戦いは無意味だ!正義と悪は戦い続ける宿命で、両者滅びるまで戦いは終わらない!!」という事実が明るみに出ます。
そして最終回、それでも自分たちの正義を信じたダイレンジャーは悪の組織を滅亡させます。
しかし、それから時は流れ、かつてのダイレンジャーが年老いて、孫が「ダイレンジャー」にふさわしい年齢になった頃、再び悪の組織が復活するのです。
それに立ち向かうのが、ダイレンジャーの孫、つまりは新しい「ダイレンジャー」たち。
それを見た年老いたレッドは、「そうか、戦いは果てなく続くのか」とつぶやきます。
これも本放送見たきりですけど、最後で1年分全部パーにされてショックでした。
でも、実際、2月に滅んだと思えば翌週から新しい悪の組織と戦隊が生まれるわけで、これはある種間違ってないとも思いましたっけ。
個人的に思い入れのある作品も多数あり、詳しく注釈つけたいところですが、今日はやめておきます。
しかし、担当されたリストを見るたびに、自分の記憶に残るあのストーリーが、自分に影響を与えてくれたあの話が、杉村さんの話だと知るたびに、驚きと、寂しさがこみ上げてきます。
杉村さん。
ちょっと記憶があやふやで、少し違うところもあるけど、あなたの作品で、こんな台詞がありましたね。
「友達は互いに助け合うもの」(ウィンスペクター「大好きウォルター」)
「大切なのは姿形じゃない。形は変わっても、お前の心は変わらないんだ!」(ソルブレイン「誕生!新ドーザー」)
「お兄ちゃん……!ライダーーーー!!」(仮面ライダーZOのラスト)
この台詞が、私にどれだけ影響を与えてくださったか、わかりません。
少年にとって、ヒーローはあこがれの男です。
永遠のヒーロー・南光太郎、不死身の男・香川竜馬、爽やかな主人公・西尾大樹、心優しき好青年・麻生勝……。
いつの日か、またあなたのヒーローが見たかった。
心からご冥福をお祈りいたします。
<※ネタバレしてます>
フジテレビはこれまで、「マジンガーZ」や「ガッチャマン」「タイムボカン」「キテレツ大百科」といった名作アニメを放映し、「∀ガンダム」を打ち切らず、「トリビアの泉」でオタクっぽいネタを散々取り上げてくれたオタク界の恩人です。
さらに今回、「ローレライ」を映画にし、樋口真嗣氏にメガホンをとらせるという、本気なのかネタなのかよくわからない作品まで手がけてくれました。「∀ガンダム」「亡国のイージス」などを手がける新進気鋭の若手作家・福井晴敏先生に「ガメラ」の特技監督・樋口真嗣氏のコラボレーションストーリーを「踊る大捜査線」を生み出した亀山千広プロデューサーがフジテレビの金を使って映画にする。
こんなゼイタクがあっていいのでしょうか。
まあ、この亀山プロデューサーは「踊る大捜査線」以外はそれほどでもなく、「プラトニック・セックス」「TRY」「ナースのお仕事」「こち亀2」「忍者ハットリくん」など、映画公開時は話題になったけど、今になってみると黒歴史に近い映画をたくさん手がけてます。まるでキングのO月さんみたいですが、ま、この話は脇に逸れるからおいておくとして。
この映画において、見る前に注意するべきことがあります。
最初にも書いたとおり、この映画は人を選びます。
以下の人物名と作品名を見て、一人でも理解できなければこの映画を見に行いっても、満足することはできないでしょう。
名前 | 代表作 | 「ローレライ」での仕事 |
富野由悠季 |
「機動戦士ガンダム」シリーズ |
特別出演(1秒) |
押井 守 |
「イノセンス」 |
B29マーキングデザイン |
庵野秀明 |
「新世紀エヴァンゲリオン」 |
絵コンテ助手 |
出渕 裕 | 「ラーゼフォン」 | ヒロインの衣装デザイン |
そう、この映画はエンドロールで日本が誇るアニメ監督そろい踏みなのです。
これで大方のみなさんはおわかりでしょう。
一見、役所広司主演で映画ファンに、妻夫木聡主演でギャルとアベックにアピールしてるかに見えるこの映画が、実は全然一般ピープルにアピールできるような映画じゃないか。
映画館に行ってげんなりしました。
だって客層はデート中らしいカップル・「戦争映画」目当ての中高年・妻夫木目当てと思しき女3人連れが大半。
男連れも何人かいましたが、俺以外にオタクらしき人物はゼロ。
(終わったあとで後方にふたり確認しましたが、細身だしメガネもかけてない、一見オタクには見えないタイプでした)
オタクはこの手の「一般売り」を毛嫌いする傾向にあるんですよね。
実は俺もいくつもりなかったし。
そこら辺角川書店はよく承知しており、「ガンダムエース」でガンダムファンにアタックをかけ、富野監督をちょい役で出すというエサまで使っておびき寄せました。で、こうやって食いついたオッサンが私な分けです。
とはいえ、この映画、オタクでも分野によっては付いていけない作品です。
なんつーか「萌え〜」などと言ってるタイプは絶対楽しめないし、ガンダムはガンダムでも「SEEDサイコー」などと叫んでる人はもうダメだ。
条件は
・歴史と軍事が軽く好き |
以上。
上記リストすべて当てはまる人(=俺)は絶賛できますが、これが当てはまらない人はどんどん見られなくなっていきます。
実際、見終わって周囲を見ると、大多数の人は口をぽかんと開けたまま虚空を見つめ、「なにこれ」「わかんなーい」と口々に言い合ってるだけでした。
あ、出口近くのオタクと思しきふたり組(なんとオタクは俺以外だとこのふたりだけだった!)が「樋口はね」などと議論してましたが。
でまあ、そろそろストーリー解説いきますか。
※ここからとてもネタバレ。
1945年8月7日、ドイツから接収された潜水艦「伊507(イ・ゴーマルナナ)」は東京に落とされる第3の原爆を阻止するよう、海軍のシャア大佐(堤真一)に命じられ出撃する。
艦長は特攻に反対して左遷されていたブライト少佐(役所広司)。
乗組員は寄せ集め&左遷組の死に損ない70人。
その中には特攻隊上がりの無駄に熱いカミーユ・ビダン一等兵曹(妻夫木聡)とその友人で元投手のカツ・コバヤシ一等兵曹(佐藤隆太)がいた。
伊507は「ローレライ・システム」という新型ソナー(ここでソナーがわからない人はもうこの映画見られない)を装備していた。
それの原理を知るのはドイツ帰りの技術者、テム・レイ(石黒賢)だけ。
カミーユとカツはそのローレライシステムに興味を抱き、探ろうとする。
ローレライシステムの中身は驚き桃の木、綾波レイの口調で喋るニュータイプ少女ティファ・アディール(香椎由宇)だった。
ティファはドイツで生まれ育ち、兄弟はショッカーの手によって「AKIRA」のタカシとかマサルみたいにされていた。
ところがシャア大佐は新しい日本を再生させるには東京にアクシズを落として、アホな官僚や軍人たちを粛正するべきだと考えるようになっていた。
とはいえ、アクシズは落とせないので米軍と取り引きし、ニュータイプ少女をプレゼントする代わりに、3発目の原爆を東京に落としてもらうことにしたのだ。
しかし、ブライトさんはそれをよしとせず、テム・レイ率いる反乱兵士を鎮圧し、原爆投下を阻止するべくテニアン島の米軍基地へ単独で向かうことにした…。
つーわけで、もう、ツッコミどころ満載なお馬鹿映画。
堅物の評論家の中から「あのSF映画のあのシーンに…」とか出てるけど、そうじゃない。
早い話が実写版宇宙戦艦ヤマトにAKIRAのラボ出身のニュータイプが乗り込むわけで、モチーフはもっと低俗なものです。
俺はオタクなので本当に泣くほど感動したし、こう、愛国心意識を刺激するのは「ラストサムライ」にも通じるものがあります。
が、ハリウッドと違って間口が本当に狭いので、どうもダメですね。
見終わったら泣いてるのは俺だけでした。
まあ、その俺ですらカツ・コバヤシが「所詮カツだから」みたいな死に方をする(亀山さんは何でもかんでもキャラ殺せば客が泣くと思ってるのか?)シーンではすさまじく冷めたし、乗組員がテム・レイに従って反乱を起こすシーンも引いたし、ラストシーンの海岸が何度思い出してもアメリカの西海岸ではなく、ノンマルトの使者が出てきそうな日本の海岸だったというのも引きました。
これだけボロクソに書いたけど、いや、ホント泣けますよ。
スカッともするし。
俺みたいなタイプは本当におすすめ。
ただ、俺みたいなタイプがこの世界に果たして何人いるのか考えると、この先語り継がれる名作かどうかはわかりませんね。
元締こと早川さんが「ハイコンプリートモデルプログレッシブのディアスを買うぞー」と宣言されてました。
こっちは「まだ買ってなかったんすか」と思ったりもしましたが、まあ、実際バンダイの商品は当たりはずれが大きく、ことに昨今は不良品を「仕様」と言い切ったこともあって、買うのをためらう気持ちはわかります。
さて、ガンダム詳しくない読者さんは「ハイコンプリートモデル」とかわかんないと思うし、ガンプラは詳しい人でもガンダムの可動フィギュアなんてまとめたことがない…と思うので、今日はガンダムの可動フィギュアをちょっと振り返ってみます。
まず、バンダイがガンダムの可動フィギュアに踏み切ったきっかけはもちろん「ガンプラ」ブームです。
「ガンプラ」ってこれは「ガンダムのプラモデル」を略したもので、銃の模型じゃありません。
この一行で「へえ、なるほど」という人はまず最後までこの日記は理解できないと思うので読むのはやめましょう。
このガンプラについては昨今のものは本当出来映えがよく、かつコンセプトのきっちりとしたジャンルわけもあり、大人も子供もケロン星人もはまりこんでます。
これがまた昔の300円ガンダムに比べて動くしディティールも凄いし…
MGガンダムと大昔の1/100ガンダムを並べてみれば「バンダイ驚異のメカニズム!」と叫ぶこと請け合いです。
そのバンダイがアクションフィギュアを作り出したのはガンダムブーム真っ盛りの80年代。
ガンプラでガキどものハートをがっちりキャッチしたバンダイは、次なるターゲットを絞り込みます。
そう、ヤマト世代です。
今じゃ考えられないんですが、当時は松本零士先生のアニメはカッコイイ(ダンガードAは黒歴史)、ロボットが出てくればすべてダサいという熱烈な信者がいたらしく、彼らからすれば「たかがロボット」という感じだったそうです。
(実際、当時の新聞には「新竹取物語〜1000年女王〜」を見に来たファンから「ガンダムは子供っぽい」(!)と言われている)
さらに言えば、ヒマな子供と違って(※バブル前のガキは塾なんか行かなかった)ちょっとは忙しい年頃の「大きなお友達」はプラモデルを作るヒマはないんじゃないか、じゃあ完成品を…というわけで誕生したのが「ハイコンプリート・モデル」(以下HCM)です。
これが私の知る限り、ガンダムのアクションフィギュア第一弾だと思います。
(クローバー社のダイカストは割愛って事でご了承ください)
今見るとそれなりにヘボいんですが、当時のガンプラと比較するとなかなかいいもので、スケールを1/144に統一するとか、ガンプラのGディフェンサーをHCMにも合体できるようにしたとか、ユーザーへの配慮もありました。
(ちなみに旧キットのGディフェンサーはHGガンダムMk-IIにも合体できたため、約10年間現役を続けたことを付記しておく)
可動はエルガイムマークIが「こち亀」の超合金選手権の話で「スーパーアクション、正座!」と紹介されたとおり、なかなか動いたようです。
今のアクションフィギュアも正座出来るのは少ないですからね。
一方でセールス的にはガンプラの足元にも及ばず、現在のオタク世界ではプレミアが付いているのも多数あります。
これは大人にもアピールするんだ!とばかりに小説家の住んでそうな書斎の本棚にずらーっとHCMの箱を並べるというシュールなポスターが証明するとおり、色々と外しちゃったんでしょう。
箱は地味だからガキには素通りされるし、そういう書斎持ってるインテリがガンダムを買うわけがない。
さらにさらに、なんと、RX-78-2ガンダム、つまりファーストガンダムがHCMでナゼかリリースされなかったという致命的なマーケティングの欠陥もありました。
(あと、ちょっと不確かですがMS-06も06Rとかで、シャア機や06Fや06Jをリリースしてなかったはずです。って、R・F・Jで何のザクかわかる読者は知ってそうですが)
で、結局高年齢層ターゲットと言うより「組み立て済みガンプラ」「1/144でゼータやダブルゼータが変形できる」など「ガンプラに出来ないことはHCMで」という方針で多少生き延びましたが、逆襲のシャアが終わったあたりでシリーズが打ち切られまたと記憶しています。
その後もバンダイは性懲りもなく意欲的に完成済み商品をリリースしました。
91年の「1/60 ガンダムF91」はガンプラながら、頭部・腕・腰・足がすでに完成済みであり、ユーザーは外装パーツと武器つければオシマイという「ガンプラとHCMの融合」を狙ったような商品でした(※)し、Vガンダム当時は「マイクロガンダム」「モビルスーツ・イン・ポケット」(※2)など低年齢層にアピールするような商品を世に送り出しました。
って、マイクロとMSIPってアクションフィギュアじゃなくてガンプラの延長線上だった気もしますが…
(※実はこれは持ってました。足のスイッチを入れると脚部のアポジモーターがカチッと一斉に開くんですよ。これは自分で組むと失敗しそうで助かりましたね)
(※2ポケットに入る小さなMS!とか宣伝してましたが、当時の俺にとって衝撃的だったのはラインナップにF91があったこと。Vガンダムと肩を並べるF91。VにF91が出てくると勘違いした俺は次週、慌ててVガンダムを見ました。が、出てきたのはタイヤメカで暴れ回るMSたち。あのときは冷めたんだけど、数年後の「オーレンジャー」でも見かけるとは思わなかったなー。)
さて、そんなこんなでガンダムも15周年キャンペーンでスタートしたマスターグレード(MG)が大成功。
次なる商品展開ということで、20周年記念でスタートしたのが「ハイグレード・ユニバーサルセンチュリー」と「モビルスーツ・イン・アクション」(MIA)でした。
これは両方とも大ヒットしました。
特にMIAですね。
スケールの統一性が微妙だとか、塩ビ使用で動かすと「キュコキュコ」と独特の音がするとか、手触りも実にオモチャっぽいとか、色々あったんですが、なにせ丈夫でよく動く、しかもお値段リーズナブル。
(当時ガンダム見てた現社会人にとって1体1500円前後で懐かしのMSが揃うなんて安いもの)
「動かすこと」にここまで特化したガンダム、しかも完成済みのプラモ並みにいいデザイン。
そりゃ買いますよ。
私も後輩に誕生プレゼントでターンエーガンダムのMIAをもらったんですが、いやあ、よくできてますよ。
確かに最近のMIAはスミイレがないとか、塗装がはみ出してるとか、オモチャっぽいとか、動きが狭いんじゃないのとか、色々あるでしょう。
しかし、「売れたおかげ」というか、ガンダムやゼータ、ドムのように「セカンドバージョン」としてバージョンアップもありますし(日本のオモチャで同じ商品をバージョンアップするのはガンダムくらいだと思う)これについては評価しています。
しかし。
その一方で「デラックスMIA」「アドバンストMIA」「エクステンディッドMIA」など、「一体それは何を意図して出してるの?」と聞きたくなる商品展開もあります。
「A-MIA」は「ガンダムSEED」のMIAで、フレームにアーマー着脱式という「聖闘士星矢」以後お得意の「クロス玩具」(ちなみにSDガンダムクロスというのもあった)で、正直言って意味不明です。
その後SEEDのMSは改めて普通のMIAでリリースされ、A-MIAを買った人々は困ったそうです。
EX-MIAはまだはじまったばかりですが、第一弾がグフ、第二弾がガンダムMk-II(黒・白)というラインナップ。
そんなもの新しく作るならMIAのVer2.0で間に合うような気もします。
その辺はちょっとわからないんですよね。
一体どういう意図をもって出してるのかな、と感じます。
このほかにも現在はカトキハジメ氏がリファインしたデザインのアクションフィギュア「GUNDAM FIX FIGURATION/ZEONOGRAPHY」、超合金シリーズの「可動戦士」、亜鉛合金は間接だけのなんちゃって超合金「MMMGQ」、早くガンタンク出せよ「ジ・オリジン」、21世紀に蘇ったHCM「HCM-Pro」などなど、様々なタイプの商品がリリースされています。
さらに言えば「SDフレクション」など「SDガンダム」を加えればますます増えますし、最近は食玩にもアクションフィギュアがつく時代で、そこまで行くともはやフォローできません。
とにかくラインナップは豊富であり、お財布の状況(300円〜20万円)からお好みのシチュエーション(動かして遊ぶ、飾って楽しむなど)まで、どんな顧客のニーズにも応えられる状態だ、とは言えます。
もう大概のことは出来ますもん。
今度もMIAで変形するアッシマーが出るんですよ。(絶対出ないと思ってた)
この分だとバウンド・ドッグも出るんじゃないですか。
GガンダムがDVDになったとき、マンダラガンダムまで商品化されたあたり、「Z」劇場版公開の際にはボリノークサマーンとか、完全変形のガブスレイとか、バイアランくらいはリリースされる気がします。
個人的にはアクションフィギュアよりガンプラが充実してくれる方がいいんですけどねー。
私を含めリアルタイムでXライダーを見てなかった世代はある誤解をしています。
「神敬介はマーキュリー回路を使った大変身で仮面ライダーXに変身する」と。
これは実は正しい反面、間違っています。
実はこの大変身、最後8回しか使ってません。
28話のクモナポレオン戦で初登場し、35話で最終回。
それまではというと、「セタップ!」(セットアップがなまったもの)と叫び、レッドアイザー(マスク上半分)とパーフェクター(マスク下半分)を装着していたのです。レッドアイザーとパーフェクターの定義はホントは違うけど突っ込まないでください。
つーわけで「G-3は変身じゃなくて装着だからライダーじゃない」というのは、すでにXライダーまで否定してることになるわけです。
同様に「武器使うのは反則」というのもXのライドル考えるとアリになる
このセタップはまねしづらいと言うことで変更になりますが、いかんせん使ってた時期はセタップの方が長く、ちょっとした悲劇が起きました。
後にテレビスペシャル「10号誕生!仮面ライダー全員集合」(仮面ライダーZX)にて、風見志郎(ライダーV3)が全ライダーを解説するシーンがあります。
そこで「神敬介はレッドアイザーとパーフェクターでセタップするんだ」とZXに教えてくれるんですが…。
実は大変身する「マーキュリー回路」を取り付けたのが仮面ライダーV3=風見志郎。
つまり自分の後輩が瀕死の重傷を負って手術した執刀医の先輩。
手術の事実をすっかり忘れ去ってます。
まあ、風見さんもバリドリーン乗ってたり、白いギター弾きながらさすらいのヒーローやってたわけで、忘れてたかもしれませんけどね。ホントは脚本家がXの後半を知らなかっただけだと思うのだが
この「仮面ライダーX」の大変身に限らず、最後の方だけなのになぜか必ず紹介されるというものがあります。
風見志郎ついでで言えば「ジャッカー電撃隊」がそうですね。
ジャッカー電撃隊はもともと、スペードエース(レッド)、ダイヤジャック(ブルー)、ハートクィーン(ピンク)、クローバーキング(グリーン)の4人組。
彼らを司令官のジョーカーが束ねます。
しかし、サイボーグ戦士という設定で「改造人間の苦悩」をやってしまい、暗い作品で視聴率が低迷。
テコ入れとして5人目の戦士が登場します。
それがビッグワン。
全35話中後半1クールに登場。
司令官のジョーカーが降板「転勤」でいなくなり、新司令官兼行動隊長として着任。
純白のスーツにステッキ、レインボーカラーのネクタイ、そして胸には赤いバラ。
その赤いバラを投げつけて攻撃する。
登場初回で「ジャッカー電撃隊」は実質「ビッグワンとジャッカー4人組」に変更されました。
だってオープニングタイトルもビッグワン出てきて「ビッグワン!」と叫び、4人が後から控えめに「ジャッカー!」と叫ぶヤツに変わりましたし…。
明らかにジャッカーの序列が下ですよ。
とはいえ、ビッグワンの登場は後半のみです。
にもかかわらず、ガキ向けムック本には「ビッグワン:ジャッカーのたいちょう」ですもん。
ありえねー。
お子さまたちは絶対誤解してますよ。俺も誤解してた
お子さま誤解といえば「ロボット刑事」(後にロボコップにパクられる傑作特撮ドラマ)のブローアップした「赤いK」はラスト5回のみですね。
22話で初登場して26話で最終回。
普通覚えてる人の方が少なそうですが、幼稚園児をオタクに養成する雑誌「テレビマガジン」「てれびくん」などの「昔のヒーローカード」には「ロボット刑事Kはブローアップして強くなる」とか書いてあるんですよねえ。
同様に「電人ザボーガー」のストロングザボーガーも52話中ラスト1クールのみ…っていうか41話でストロングザボーガーが完成して52話で最終回なので…ええ。
ほとんど最後だけですよねえ。
それでも「ザボーガーはパワーアップしてストロングザボーガーになったぞ」とか書かれるわけで…。
最後だけといえば、「渡哲也さんが好きです」と私が言うと、一部方面から「ああ、太陽にほえろの人ね!」と言われます。
これで出演していなければ「いえ、西部警察です」と言えるんですが、実は渡さんも出演してます。
最後の方だけですが。
706話から最終回718話まで、わずか13回、3ヶ月。
出演時期で言えば一番少ない部類です。
これはボス役の裕次郎さんがガンで倒れていたこと、そしてボス代理を務めた山さんが不覚にも少し前に殉職したあとだった(プロデューサーは山さん殺して後悔したと思う)ためのボス代理登板です。
オマケに「太陽にほえろ!」はゴリさんが死んだあたりから惰性で続けているというのか、グダグダになっていた面が多々あり、終盤印象に残っていた人はあんまりいないと思うんですよね。
だから「渡哲也=太陽にほえろ!」というのはないと思うんですが、「西部警察」と混同してる人も多いんだろうなと思います。
あとまあ、最後だけといえば、最後だけしか活躍しないと言うのもありますよね。
「西部警察」でなんだか今日はやけに下っ端のジン(五代高之)が目立ってるなーと思ったらラストでハチの巣にされる54話とか、突然台詞の分量が150倍になったと思ったら地雷を踏んで死んでしまう「もりもり博士」とか、モグラ獣人や電波人間タックルもそうですな。
そういえばガンダムSEEDでもそれまで全然出番のなかったトールが戦闘機乗りになったと思ったら即戦死とか…。
まあシン=アスカのように最後まで見せ場のないキャラとか考えれば最後くらい活躍した方がいいのかもしれませんが、活躍が死亡フラグになってる人とどっちがマシかというのは議論が分かれると思います。
いつだったか、田中真紀子氏がまだ外相だった頃、演説で日本はメジャーリーガー輸出国だ…みたいなことを言って、アメちゃんの議員に大受けしたことがあります。
このサイトをお読みの人なら輸出産業として「スーパーヒーロー」を上げる人もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
「スーパー戦隊シリーズ」は「Power Rangers」としてアメリカはもとより、ヨーロッパでも大人気です。
ヨーロッパで暮らすお子さんと会う機会があって、「パワーレンジャー知ってる?」って聞いたら「大好き!」というんですよ。
でまあ、余ってた戦隊チョコのカードをプレゼントしちゃいました。
「パワーレンジャーカードだ!」って大喜びしてましたっけ。
このほか、アメリカで放映されたヒーローとしては「VR TROOPERS」(「メタルダー」「スピルバン」)、「MASKED RIDER」(「仮面ライダーBLACK RX」)、「BEETLE BORGS」(「ビーファイター」)などがあります。
さて、日本を代表するヒーローとしてはずせないのは、なんと言っても「ウルトラマン」シリーズではないでしょうか。
「ウルトラマン」シリーズは、「ウルトラQ」からはじまった、円谷プロダクション栄光のシリーズです。
現在ではテレビ・映画・ビデオ作品など幅広い分野で展開されており、ウルトラ一族も増えています。
「ウルトラマン」「ウルトラマンエース」「ウルトラマンタロウ」といったメジャーどころから、「ウルトラマンスコット」「ウルトラマンジョーニアス」「ウルトラセブン21」「アンドロメロス」などのマイナー系、「ウルトラマンゼアス」「ウルトラマンナイス」などのキワもの、さらにさらに、今回調べているうちに「ウルトラマンピクト」や「ウルトラマンボーイ」といった「お前ら誰?」と言いたくもなる初耳ウルトラマンもいるようです。
つーかナイスは知ってたけどボーイはしらんかったなー。
もはや、やる気ゼロのネーミングじゃないか。
で、今回ウルトラについて筆を執ったのにはきっかけがあります。
最近、土曜早朝に放映されているのが最新作「ウルトラマンネクサス」です。
なんと、この作品がウルトラマンシリーズ初の(※)打ち切りになってしまったんですよ。
※本来ならば「〜コスモス」が初の打ち切りになるはずだったが、諸般の事情で打ち切られなかった。
「ウルトラマンネクサス」は3クールで打ち切り、7月からは「ウルトラマンマックス」になるそうです。
まあ、これは無理もないなと言うのが正直な感想です。
ネクサスは最初の方しか見てないんですが、とにかく暗い。
鬱屈とした展開って言うんですか、富野的には「病気の人間を増やす」って言うんですか、とにかく暗い。
ナメクジをさらに気色悪くした怪獣が次々に人間を食べてしまう。
その怪獣を前にした主人公は無力です。
なんてったって主人公はウルトラマンになれないんですよ。
主人公はウルトラマンではなく、科学特捜隊の新人クン。その前はただレスキュー隊員。
「仮面ライダークウガ」みたいな世界観ですが、主人公はとにかく無力です。
あらすじ読むだけでもスゴイですよ。
新人クンなので科学特捜隊で浮きまくり。
唯一心の支えだった恋人は実はすでに死んでた。
肝心の怪獣退治はというとそこはウルトラマンが必要。
これじゃあエヴァンゲリオンに乗れないシンジ君じゃないですか。
これでまだ、主人公がウルトラマンになれればまだ救いはあったんですよ。
でも、主人公は科学特捜隊でも活躍しない、ウルトラマンでもない、ただの傍観者でしかない。
彼が作品で置いてけぼりと言うことは、テレビの前の視聴者も置いてけぼりなわけですよ。
そりゃ打ち切りにもなるよね。
オモチャも売れないし、子供が見なけりゃ視聴率も落ちちゃうわけで。
しかもビデオ録画って視聴率に入らないんですよね。
でもって、大人はオモチャを買わない。
まあ、私のようにガンプラとか買う人もいるけど、基本的に超合金ロボットを買い込むなんてことはしません。
(オタクの中にはいますけどね。超合金コレクター)
とにかく、今回のネクサス打ち切りを見て感じたのは、「もういい加減にヒーローを子供に返してやれ」ということです。
特撮ヒーローはオダギリジョーの黒歴史「仮面ライダークウガ」(’00)を皮切りに、徐々に子供番組から大人向けのドラマへと変貌していきました。
同年の永井大の黒歴史「未来戦隊タイムレンジャー」も大人向けだったし、平成ライダーも「仮面ライダーアギト」「仮面ライダー龍騎」「仮面ライダー555」「仮面ライダー剣」と、年を重ねるごとに「大人向け」の側面が強くなっていきました。
そりゃ大人向けの方がメディアミックスしやすいし、カネも拾えますよ。
少子化で子供向けオモチャの市場なんて頭打ちですからね。
それに平成ライダーの求めるテーマ性というのは確かに石ノ森先生の原作に共通するものかもしれません。
しかし、結局のところ、特撮ブームといいながら、その作品の大半は同人誌の延長線上に位置しているような気がしてならないんです。
実を言うと私も「ネクサス」みたいな作品をライダーで考えたことがあります。
ライダーと関係ない少年が、ライダーに変身する人と出会って、成長していく…みたいな。
設定で言うと「ネクサス」と「仮面ライダー響鬼」を足して2で割った感じでしょうか。
ようは、最近のライダーもウルトラも、ジャスティライザーもそうですけれど、作ってるのはオタクなわけです。
一時期、俺の考えたコンセプトと酷似したヒーローがテレビに出てくるのはナゼだって思ってたんですが、早い話、俺と制作スタッフは同じようなヒーローオタクで同じようなヒーロー好きなんですよ。
もう、すっかり納得済みです。
「この変身プロセスは○○でやった」「この展開は××と被る」「じゃあこれでどうだ」とかね。
最初のライダー作ってた人たちというのは、映画の最前線からリストラされた人たちで、「子供番組でもここまでやるんだぞ」「子供番組だからこそ手を抜かないぞ」「ジャリ番なんて呼ばせないぞ」そういうプライドを持って仕事されてたわけですよ。プロジェクトXみたいな。
あのころは「テレビ映画」っていう単語がまだ生きてた時代なんです。
ところが、「テレビ映画」がいつしか消えて「テレビドラマ」になり、ヒーローの存在する作品は「ドラマ」ではなく、「特撮もの」とか「時代劇」になってしまいました。
そして、スタッフもライダーやウルトラで育った世代が大半を占め、中には最初から「ライダー作りたいからここへ来た」みたいな人もいるわけです。
で、そういうヤツを全否定するつもりはありません。
しかし、彼ら(これは自分も当てはまる)は困ったことに、「今の自分が見たいヒーロー」を作ってしまうんです。
25歳とか30歳とか、その年になって見たくなったヒーロー。
いや、別にスペクトルマンのDVDが見たいとか、風雲ライオン丸のDVD買っちゃったとか、そういうのじゃないんですよ。
大きくなって、社会全体が怪獣やショッカーに見えてきた。
そこに立ち向かう、挫折する、それでも克服していく理想の姿、それがヒーロー、つまりライダーであり、ウルトラマン。
これは凄くよくわかります。
「ウルトラマンガイア」の主題歌で、「ピンチの連続/そんなときウルトラマンが欲しい」と歌われてる通り、22歳になっても、日常生活様々な局面で動揺することがあるし、葛藤するし、「もしも俺がウルトラマンなら」「仮面ライダーなら」と思うことがあります。
ところが、主題歌はいいんですよ。
子供はどうせ意味なんかわからない(かっこよければそれでいい)し、ヒーローものの主題歌というのは大きくなって読み返して、はじめて深い意味に気付く…というのが本来のものです。
ジライヤとかギャバンとかバイオマンとか…歌詞が深いですよねえ。
でも、番組そのものはというと、大人にしかわからないものは許されないと思うんです。
私が「ジャスティライザー」を熱烈に支持しているのはそれです。
この年になったら自分の理想のヒーローを作るんじゃない。
「子供に見せたいヒーロー」を描くべきだと思うんですよ。
俺がガキの頃って、大人も結構不安だったと思うけど、ガキの前で不安だなんてウジウジしたとこは見せなかったんですよ。
まあ、バブル期だったってのもあるんでしょうけどね。
バブルはじけた途端に大人が不安になった、というのがガキにもわかった。
俺は神戸で事件を起こした「サカキバラ」とか、佐賀のバスジャック…いわゆる「キレル少年」と同い年なんだけれど、彼らがああなったのってそういう不安の伝染から迷走したってのはあるんじゃないのかなあ?
とにかく、テレビの中にいるヒーローが悩む。
いや、悩んでもいい。
でも、子供でもわかる悩みを、必ず克服する。
それがヒーローのあるべき姿なんですよね。
「幻星神ジャスティライザー」なんか、それですよ。
必殺技が敵に通用しなくて真っ青になった主人公。そこへケンカ別れした友達がやってくる。
友達と仲直りしたい、必殺技も作りたい。
主人公は悩むわけです。
で、友達が襲われて、敵から守って、仲直りする。
そして、彼のアイデアで新・必殺技が出来るんです。
これはよく言えば王道であり、悪く言えば見え見えでベタベタです。
しかし、「ナゼ生きてるんだろう」とか「ナゼ戦わなくては行けないんだろう」とか、この先当分わかり得ない問いかけを自分自身に訴えかけるヒーローと、「友達と仲直りしたいよ」という風に悩むヒーローと、どちらを子供に見せたいかって言えば俺は断然後者です。
だって、生きてる理由がわからなくても別に生きていく上で困ることはないんだけど、友達とケンカしたままってのは凄く困るじゃないですか。
子供にしても生きる理由で悩むなんてどうせ思春期後半入ってからですよ。
そういうのは尾崎豊さんの歌でも聴きながら考えればいいんです。
幼稚園、小学校ならいかに友達と仲良くできるか、それじゃないですか。
戦隊のムック本で東映のプロデューサーの言っていた「子供への情操教育に、戦隊の果たす役割は大きい」と発言されてたんですが、同感です。
俺みたいに実父の背中が小さかった男にとって、ヒーローの後ろ姿ってのがまさしく「親父の背中」なんですよ。
で、とにかく、同人っぽいヒーロー、アンチヒーロー、そういうのはマンガとか、小説とか、ビデオ映画でやればいいんじゃないのかな、と思います。
「仮面ライダーSPIRITS」なんか、まさしくその典型です。
アレは映像作品にしたらダメで、マンガだからあそこまで面白いんです。
同人ヒーローは同人誌とか、大人だけが触れられるスペースに置くべきだと思います。
普通の子供はマガジンZ、たぶん買わないでしょ。
そういうことですよ。
大人に見せたいヒーローは大人の空間に置く。
(映像作品ならば深夜に放送する。「ウルトラQ〜dark fantasy〜」のように)
そこにはオマージュとかパロディとかなんでもあり。
(「ネクサス」にしても、「特撮エース」のマンガとか、オリジナルビデオとかならまだあり得た存在だったとは思います。)
けれど、少しでも子供の目に触れられる可能性があるなら、子供に見て欲しい作品を作る。
大人がつまらないと思ってもいい。
オマージュやパロディは少し控える。(劇場版とか総集編とか、息抜きならアリかもしれませんけどね)
話も理屈に合わせる必要はありません。
ショッカー怪人が暗躍しても警察が動かない、そりゃ確かにおかしいかもしれない。
でも、警察が何もしなくても、ライダーが必ず助けてくれる。
そういうことでいいじゃないか。大体、昨今の警察なんざショッカーどころかひったくりひとつ解決に動けないんですよ。
私から見れば、ショッカーと戦う警察の方がフィクションに近いと思います。
「ウルトラマンネクサス」の打ち切り、それは不幸な出来事かもしれません。
けれど、次回作「ウルトラマンマックス」ではバルタン星人やレッドキング、ピグモン、ゼットン、エレキング、そういった人気怪獣が復活するといいます。
これも絶対オタクの間で賛否両論巻き起こるでしょう。
でも、子供の目から見れば、図鑑でしか知らない怪獣がテレビに出てくる。
これは嬉しいことなんですよ。
だから、俺は十分にアリだと思います。
とにかく、新しいウルトラシリーズにしろ、ライダーにしろ、戦隊にしろ、超星神にしろ、子供に見せたいもの、自分が3歳、4歳くらいの時に見て面白いと思えるヒーローもの、そういうのを作って欲しいと思います。
そして、最初から「これでメディアミックスして儲けよう」とか、金儲けを先に立てないこと。
確かにカネは必要。
だけど、「売らんかな」精神は買い手に拒否反応が出ます。
本当にイイモノで、リーズナブルな値段ならオタクは放っといても買いますよ。
オタクから搾れるだけ搾ろう…なんて思わないことが大事でしょうね。
でもまあ…難しいでしょうねえ。
ジャスティライザーのスタッフはともかく、最近のウルトラ作ってるスタッフは一時期のガイナックスよろしく、自分たちがオタク・クリエイターという自覚がないように見えるんですよね。
こうしてみると、「ネクサス」はオタクがオタク向け作ってるという自覚なく作った作品の末路だったのではないかと思ってます。
時代のあだ花でしょうかね。
左足の痛みは順調に癒えており、今日は徒歩で自宅から100メートルほど離れた床屋へ行きました。
この感覚は、昨年2月の状態よりも遙かによく、この分ならばGW明けには走れないこと以外は普通の生活に戻れそうです。
まあ、今後はアクションを控え、演技派のアクターを目指すと言うことで。
本題。
今日はウルトラマンの話題を。
先日、ネクサス打ち切りを「子供から特撮奪った罰や」と断罪しましたが、今回は円谷プロを断罪したいと思います。
いやあ、ちょっと腹立たしいんですよね、昨今のウルトラは。
ティガもガイアも面白かったし、コスモスもよかった反面、ウルトラのパワーダウンはここ近年激しすぎる気がします。
つーわけで、ウルトラマンとそれを巡る関連作品をちょっと整理して、ウルトラの衰退について喋ります。
考えてみると、ライダー、ガンダム、戦隊はベラベラ喋ってきた反面、ウルトラはあんまり喋ってないんですよね。
いい機会かな、と。
なんでいちいち歴史復習すんの、他サイトでいいじゃんというそこの読者!
これ、シリーズ化しないとGWもたないんスよ、ネタが!
GW、バイトしかしないんだから!
まず、ウルトラシリーズの前にはずせないのが1954年の映画「ゴジラ」です。
初代のアレですよ。
ご覧になってない方も多そうですが、初代ゴジラはその後の怪獣プロレス路線と違い、実によくできたパニック映画になっており、今見ても十分面白いです。
この作品で特撮監督を務めたのが円谷英二氏。
で、彼が設立した特撮プロダクションが「円谷プロダクション」なわけです。
円谷プロがはじめて制作したのが「ウルトラQ」(1965年)。
この誕生には色々とエピソードがあるらしく、怪獣ドラマの企画が没になり「親父、没になったよ、スマン」と英二監督のもとに行ったところ、「没は別にいいんだけど、世界に3台しかない機器を買っちゃったよ、あっはっはー」と返され、大慌てで別の企画を立て、それが「ウルトラQ」だった、との話を聞いたことがあります。
ちなみにこの機器は今のお金に直せば億単位らしく、さらには他の会社も欲しがっていたのに「円谷が言うんだから売ってあげよう」という感じだったそうです。
(※これについては文春文庫「昭和巨人伝」で10年ほど前に読んだものなのでちょっと曖昧です)
これは円谷の体質の問題をうまく表してると言えまして、スーパー戦隊(企画当初は5人の仮面ライダーが協力して戦うというもので、ヒットすることが前提だった)のようなプラス、ライダーのようなゼロからの出発…ではなく、ウルトラシリーズの出発点は「マイナス」だったのです。
早い話が開業時点でとんでもない負債を抱えていたハウステンボスと同じです。
これが後々やっかいなことを引き起こすんですが、とりあえず今は話を先に進めます。
「ウルトラQ」は全28話(※)が制作され、視聴率30%を越えるなど大健闘。
ペギラ、カネゴン、ナメゴン、ガラモン、ケムール人などはウルトラQ出身です。
これによって円谷プロダクションは新しい番組作りをはじめます。
※本放送時は全27話。再放送の際「あけてくれ!」がはじめて放映された
とはいえ、その企画は七転八倒。
ウルトラQのNG企画「WOO」をもう一回とか、怪獣が活躍する「科学特捜隊ベムラー」に、「レッドマン」(※2)に…で、最終的に決定したのが「ウルトラマン」(1966年)でした。
※2後に「おはよう!こどもショー」内で円谷制作の「レッドマン」が放映されたが、別物
これのヒットについては特にコメントしません。みなさんも知っての通りです。
その後もウルトラシリーズは多数制作され、順調にパワーダウンしてきました。
これについて言えることは、まず、設定の基本フォーマットが崩せなかった…ということでしょう。
「仮面ライダー」は度々存続の危機がありましたが、基本フォーマットを早い段階でぶっ壊したおかげでその後の批判をかわせています。
たとえば「ライダーは武器使わないよ」「Xのライドルは?」というのもあるし、「響鬼が変身って叫ばないのはおかしい」「だけどライダーマンもアマゾンも真も変身って叫ばないよ」というのもあります。
バイク2台というのもスーパー1でやってるし、卵形の複眼ではない眼もストロンガーでやってます。
なにせ「車に乗る」という、それじゃ仮面ドライバーじゃねえかといわれそうなことまでRXでやっちゃってるんで、もはや何をライダーにしてもおかしくはないわけです。
ええ、別にバイクがザボーガーに変形するとか、何でもアリなわけですから。
反面、ウルトラはというと武器を使ったのがセブンのアイスラッガーと新マンのウルトラブレスレット程度で、「光線技」という基本フォーマットは全く崩せていません。(まあ、ウルトラマンレオがライダーキック放つってシーンはあったけどね)
で、このことからも言えると思うんですが、ウルトラシリーズというのは基本的に戦闘で見せると言うよりも、その前後のストーリーと、映像で見せていた部分が大きかったと思います。
実際、東映ヒーローが偉大なるマンネリを繰り返していたのに対し、ウルトラマンは「なぜその怪獣が出現したのか」という大きな命題によって存在している節があります。
たとえばカネゴン。
カネゴンは友達よりもお金が大好きなガキ大将がカネゴンになり、お金を食べなきゃ死んでしまうというシュールなストーリーです。さらにオチもシュールです。ネタバレになるので言いませんが。
このほかにもウルトラマンではジャミラの出てくる話とか、「小さな英雄」におけるピグモンとイデ隊員、セブンにおけるノンマルトや、メトロン、ザンパ星人など、とにかく見終わったあとで「何か胸に残る」作品ばかりです。
名科白も多かったですよ。
「帰りマン」最終回でウルトラ五つの誓いを泣き叫ぶところとか、「エース」最終回の「たとえ何度相手に拒否されようと、誰に対しても優しさを失うな!」というアツいメッセージなど、本当に初期ウルトラは凄かったんです。
(ファンの大半はセブンまで許すという人ですが、私は個人的には「エース」まで+「80」最終回+グレートの70%+「コスモス」の「雪の扉」はアリかなあ、などと思うわけです。)
しかし、「タロウ」以降、徐々にパワーが下がってきます。
魅力のあった怪獣がトンデモギャグ路線に走ってしまったこともあるでしょう。
「もちつき怪獣モチロン」「食いしん坊怪獣モットクレロン」とか「泥棒怪獣ドロボン」「酔っぱらい怪獣ベロン」など、私の世代の「テレビマガジン」「てれびくん」読者たちにとってトラウマになってる連中ばかりです。
(まあ、タロウにもキングトータスの話とかいい話はあったんですけどね)
その後は「ウルトラマンレオ」でとっくに終わったスポ根路線を入れるとか、昔話をウルトラ風にアレンジするとか、科学特捜隊(MACといった)が宇宙人に食われて隊員全員殉職するとか、見事に迷走です。
とにかく、タロウ以後、私はテコ入れに失敗したと見ています。
怪獣と人間の関係性、異星人との異文化理解を描いてきたウルトラシリーズは、いつの間にやら「悪い怪獣が出現して暴れる」「防衛軍出動」「科学特捜隊出動」「変身!」「3分以内に必殺光線」「シュワッチ」という退屈なワンパターンになりました。
これが「仮面ライダー」とか「スーパー戦隊」、アニメで言えば「タイムボカン」「セーラームーン」、時代劇で言えば「水戸黄門」などがこのマンネリ路線でも生き残っている(戦隊なんかワンパターンのままもうすぐ30年ですよ)ことを考えると、円谷にとっては意外でしょう。
ウルトラシリーズに退屈なワンパターンは馴染まないのです。
基本的に毎回毎回、秀逸なドラマを見せて、その時代の空気にあった怪獣や異星人を出し、その時代の視聴者にあった余韻を胸に残す。
難しいですよ。
ウルトラのハードルは高い。
でも、だからこそやるしかないわけです。
現代社会においては鬱屈とした、暗くてシリアスなドラマはどうせ他でもやってるからやらない。
こんな時代だからこそ、元気を与えるドラマ。
それで「ウルトラマンマックス」なのはいい。
一方で、その時代の空気は、果たしてバルタン星人やレッドキングに反映させられるのか、という疑問もあります。
単なるファンサービス(これについてはまた今度喋ります)じゃないのか。
そういうわけで、そろそろウルトラシリーズが我々の前から消えていくことも視野に入れて、このシリーズを始めていきます。
頼む!蘇ってくれ、ウルトラマン!!
今日はウルトラ第2回。
ウルトラ衰退の影の元凶、バンダイ帝国についてコメントします。
まずはバンダイ帝国統一の歴史。
60年代、「サンダーバード」の成功で我が世の春を謳歌したイマイが、奢る平家よろしく「キャプテンスカーレット」の失敗で倒産します。
一方、バンダイは絶妙に空気を読み、「キャプテンスカーレットは外れる」と読んで手を引いたおかげで、サンダーバードのもうけがそのまま残りました。
で、イマイは倒産。(後に会社更生して立ち直るものの、今から数年前に会社は解散)
静岡にあった工場と土地を手放し、バンダイに売ってしまったのです。
これが現在のバンダイ静岡工場です。
この静岡工場がバンダイ帝国の足がかりとなります。
バンダイは以後、バブル崩壊までは時代の空気を絶妙に読み解き、見事に生き延びます。
(バブル以後についてはセガバンダイとかピピンとかたまごっちとかあったんでちょっとわかりません。この先もナムコとの経営統合がどうなるかわかりませんし)
で、80年代、タカトク・クローバー・アリイ・イマイなど既存のメーカーが次々と落日を迎え、さらには90年代に入ってトミーがエルドランシリーズ(ライジンオーなど)あたりを最後に脱落。
(※トミーは最近になってゾイドで復活参戦してます。また、近年は「グランセイザー」でコナミが参戦し、横綱のバンダイを大関タカラと関脇トミー、平幕コナミが追う展開です)
タカラにしても勇者シリーズが転け、トランスフォーマーのリメイクやビーダマン、ベイブレードで息を吹き返したものの、キャラクター玩具という側面では「ウルトラマン」「仮面ライダー」「ガンダム」「ゴレンジャー」を抑えてしまったバンダイに太刀打ちできないでしょう。
で、このバンダイ。
キャラクター玩具を制覇したと言うことは、キャラクター玩具を売る番組のスポンサーに居座ると言うことです。
まあ、現在はタカラがベイブレードやトランスフォーマーを売るために自ら30分アニメCMを作ってる時代ですが、とにかく、バンダイの飽くなき利益への追求は素晴らしいです。
キャラもので当たる要素が出ると、他のキャラものに当てはめてくれますからね。
ちょっと思い出しただけでも
・「マジンガーZ」大人気→ロボット玩具に「ロケットパンチ」標準装備、冠する名前は「超合金」
・「仮面ライダーの変身ベルトが売れる!」→戦隊シリーズは「変身ブレス」標準装備
・「ガンダム」で2号ロボ→戦隊にも2号ロボ、3号ロボを!
・「聖闘士星矢」大ヒット→クロス玩具大量生産(ガンダムクロス、ビックリマンクロスなど)
・「戦隊ものは売れる!」→Vガンダム量産、Gガンダム(まんま戦隊)、ガンダムW(5人組)
まあ、これですよ。
で、2号ロボ。
「ウルトラマンティガ」がはじまる際のバンダイの懸念はこれでした。
「ザブングル」のウォーカーギャリア以後、「ダンバイン」のビルバインをはじめ、「2号ロボ」は共通になります。
そのため、ちょっと遅れて「フラッシュマン」から2号ロボが出るようになりました。
ところがウルトラマンはそうはいきません。
防衛軍の戦闘機は2号メカ出せますが、2号ウルトラマンというわけには行かないからです。
で、バンダイの考えたのは「フォームチェンジ」。
おそらく着想はストロンガーのチャージアップとか、RXのロボライダー&バイオライダーだと思うんですが、平成ウルトラマンにとって「○○モード」とか「××タイプ」が基本になりました。
ライダーにも移植され、クウガの超変身フォームチェンジを実現させ、さらには「装着変身」なる新しい玩具まで生み出しました。
で、今回、バンダイが「ウルトラマンネクサス」に持ち込んだのは「マシンロボ・レスキュー」です。
TLTの戦闘機がパーツごとに分解し、組み替え遊びが出来る…というものです。
ジョイントも共用だとか。
で、さらに「ウルトラマンマックス」の昔の人気怪獣大集合…これもバンダイの陰謀だと思うんですよね。
ザクとかグフとかドムとか、「ガンダムSEED−D」で人気じゃないですか。
そりゃ考えますよ。
「敵も昔のキャラのリファインでいいんじゃねえの」などと。
実際、ティガ・ダイナ・ガイアの怪獣ソフビは売れそうにない反面、レッドキングのソフビは売れていきますからねえ。
ただ、商売を否定する気はないんですが、売らんかな精神だけだと、ちょっと困るような…
好きだけど、ちょっとはファンのことも考えてね、バンダイさん!
今日のウルトラ講座は第3回。
ウルトラを語る上で絶対に避けて通れない「チャイヨー」について話します。
以前の回でも書いたとおり、円谷は制作に当たって事前に大量の負債を抱えます。
「作品が当たったら赤字は返済」というスタンスなんですよ。
これはどういう意味かと言えば、作品が当たっても黒字はそれほど増えないと言う意味でもあるし、作品が外れたら一体どういう事態になるのか…ということです。
そして、ウルトラマンでは大当たりした円谷プロですが、実はそれ以外の作品はかなり外してます。
「マイティジャック」「怪奇大作戦」などは、ファンには好評でしたが、それ以外の側面では…非常に難しいわけですよ。
ウルトラシリーズにしても、シリーズ30周年記念として「ウルトラマンゼアス」という黒歴史を制作してしまいましたし(ただ、これは企業とのタイアップで黒字だったはずですが)、とにかく円谷プロというのは、「カネに困ってる企業」というイメージがつきまといます。
(ただ、これは円谷プロは最初からカネが借りられるだけ信用があった証でもあります。仮面ライダー制作してた生田スタジオなんか、絶対カネ貸してもらえんかったでしょうね)
で、当時、東宝に、タイから一人の映画青年が来ており、円谷英二監督、元社長で次男の円谷皐氏などと親しくなっていました。
彼の名はソムポート・セーンドゥアンチャーイ。
現在はタイの映画会社「チャイヨー」の社長です。
で、1976年3月、当時社長だった円谷皐氏とソムポート氏の間で、「チャイヨーが不定期、日本以外におけるウルトラマン(ゾフィーからタロウまで)およびジャンボーグAの版権を持つ」というライセンス契約が交わされました。
ソムポート氏によれば、この契約の代わりに、当時資金難に陥っていた円谷プロに多額のお金を提供したそうです。
この関係で、ソムポート氏の運営するチャイヨーで円谷プロのキャラが出てくる映画が作られています。
それが「ハヌマーンとウルトラ兄弟」であり、タイ版「ジャンボーグA」です。
このハヌマーンなる作品、とにかく日本のオタクからは「キワもの」扱いされ、侍魂風レビューサイトでは「幻のウルトラ作品」などとして「アンドロメロス」「楳図版ウルトラマン」などと並んでほぼ確実に取り上げられます。
(余談ですが「楳図版ウルトラマン」は小学校2年生の頃、祖母宅に偶然あって、読破しました。一生のトラウマです)
でまあ、チャイヨーの制作したハヌマーンがキワものな上に、チャイヨーがオリジナルで作った「ウルトラマン・ミレニアム」がウルトラマンパワードに見えること、さらには日本でチャイヨー側の主張がほとんど報道されないこともあり、結構みなさん、イメージだけでこの事実を語ってらっしゃると思います。
実際、私も今回のことを調べるまでは…
版権の重要さを全く認識していなかった先代社長がうっかり友達に大事なウルトラマンの海外版権をプレゼントし、後になってことの重大さに気付いた円谷プロダクションが「返してくれ」と言ったら銭ゲバの社長が「ウルトラマンはワシが考えたもんだ」と言い放って返してくれない
という認識だったんですよ。
しかし、前回の「バンダイ帝国」を考えていただければ、みなさんおわかりの通り、どっちが銭ゲバかって考えると、少なくともバンダイ帝国は銭ゲバなんですよね。
ユーザーフレンドリーなオモチャ出してくれませんもん。
「ウルトラマンネクサス」のクロムチェスターなんか全種揃えると1万弱なのに、出来るのは単純な組み替え遊びだけ。
電飾仕込むとか、サウンドギミックも何もない、コロ走行。
ありえねー。
で、話を戻して。
このソムポート氏によれば「ワシがウルトラの生みの親だ」とは言ってないらしく、「怪獣が暴れるだけじゃなくて、怪獣と戦う仏様みたいなヒーローを出したら?」と提案しただけだそうな。
さらに言えば、その後、円谷でつくったウルトラマンがどうもお気に召さなかったらしく(たぶんゼアスだろうなぁ)、「ウルトラを守りたい」みたいなことを言ってます。
さらには「円谷プロダクションは家族」「なんとか裁判しないようにしたかった」ともコメントしています。
もちろん、ソムポート氏のコメントを鵜呑みにするわけにも行かないんですが、本当に円谷プロは版権の重要性を認識せずに渡したのか?
さらには、最近のウルトラマンは一時期のガンダムよろしく「ウルトラマン」って名前付けとけばとりあえずファンは買うだろみたいな悪循環に陥ってないか?
それぞれがそれぞれ、そういった様々な部分で検証、反省して見て欲しいな、とは思います。
今日のウルトラシリーズ日記は、第4回。
ゾフィー最強伝説を検証します。
ゾフィーとは、ウルトラ兄弟の長男であり、M78星雲で宇宙警備隊の隊長をしている、最強の戦士です。
彼が案内役を務め、過去のシリーズから名シーンだけスクラップした映画「ウルトラマンZOFFY」の主題歌にも、「いつも僕らを見守ってピンチの時に駆けつける(中略)尊敬できるお兄さん(中略)強い兄貴だ」と歌われています。
そう、我々の世代にとって、「ゾフィーは最強の戦士」なのです。
「テレビマガジン」にも「てれびくん」にも「ゾフィーは最強のウルトラ戦士だ!」って書いてあったし、「ウルトラM730」という、毒蝮三太夫さんのやってた5分間のミニ番組ではゾフィーの「M87光線」に99というポイントがついてました。
ところが、ここ最近感じていることですが、ゾフィーは最強の戦士ではないんじゃないか…と思うのです。
ということで、ゾフィーの勇敢な戦歴を振り返ってみます。
(1)「ウルトラマン」最終回(39話)「さらばウルトラマン」
記念すべき初登場。
ゼットンに倒されたウルトラマンと、事故死したハヤタを生き返らせ、帰っていきます。
ゼットンはというとペンシルミサイルで倒してしまい、ゾフィーは戦わず。
ちなみにこの回でマンの口から彼の年齢が2万歳であることが語られました。
死んでも生き返る上に、ウルトラマンキングは「20万歳以上」とのことなので、ウルトラの星はさぞかし人口問題で揺れているんでしょうねえ。
あ、だから、他の惑星にPKOで派遣されてるのか。
(2)「ウルトラマンA」第1話「輝け!ウルトラ五兄弟」
2度目の登場は5年後の1972年。
「ウルトラマンA」の第1話です。
前作「帰ってきたウルトラマン」における3大ウルトラマン共演が人気だったこともあり、今作より「ウルトラ兄弟」の設定が登場します。
この回は見てないんですが、確か「頑張れエース」みたいな感じだったはずで、この回に登場したベロクロンはエースが一人で倒したはずです。
(2)「ウルトラマンA」第5話「大蟻超獣対ウルトラ兄弟」
ギロン人とアリブンタにボコボコにされたエースがSOSを発して駆けつけたゾフィー。
ウルトラコンバーターというエネルギーパックでエースを救い、最後は共同で怪獣をしとめる。
初戦闘で強さを見せつけました。まさかこれが最後になろうとは…
(3)「ウルトラマンA」第13話「死刑!ウルトラ5兄弟」 第14話「銀河に散った5つの星」
クールの境目という実にわかりやすいタイミングでの前後編。
テレビマガジン読んでた人には懐かしい最強の戦士「エースキラー」を「スペースQ」でぶっ倒す話です。
ゾフィーの役所は、敵の罠にかかってゴルゴダ星(なんつーネーミングだ)でエネルギーを使い果たし、他のウルトラ兄弟ともども十字架にハリツケにされてしまうものでした。
つーわけで、今回は罠にかかってぼろ負け。(しかも他の兄弟も一緒なのに)
(4)「ウルトラマンA」第26話「全滅!ウルトラ5兄弟」 第27話「奇跡!ウルトラの父」
これまたクールの境目の話。
エース世代にはトラウマものの話で、ヒッポリト星人なる邪悪な宇宙人によってウルトラ5兄弟全員がブロンズ像にされてしまうという衝撃的なストーリーです。
かくいう我らが兄貴のゾフィーは、エースのSOSを聞いて駆けつけたものの、真っ先にヒッポリト星人のカプセルによってブロンズ像にされています。
戦闘はしてないんですが、いい加減、周囲警戒しろよ。兄貴なんだから。
ちなみにヒッポリト星人は、ウルトラの父によってエースのみが助けられまして、そのエースに倒されました。
ゾフィーはというと、ヒッポリト星人が消えたら勝手に助かりました。ハイ。
(5)「ウルトラマンA」第35話「ゾフィからの贈りもの」
エースも3クール目から息切れになったのか、とにかく旧キャラクターがしょっちゅう顔を出すようになりました。
これ以外にも31話・39話・44話にウルトラセブン、38話にウルトラの父、42話では初代ウルトラマンの怪獣「ウー」が登場します。
今作では誤った選択をしたエースに説教し、さらにはピンチにウルトラマジックレイなる技を使って助けてくれます。
って、早い話が湖で戦うエースに、水場は戦いにくいからとすべて気化させてくれただけで、ゾフィー本人は高みの見物なわけですが。
(6)「ウルトラマンタロウ」第1話「ウルトラの母は太陽のように」
エースの1話同様、頑張れよと言ってオシマイ。
(7)「ウルトラマンタロウ」第18話「ゾフィが死んだ!タロウも死んだ!」
そしてこの回がゾフィー最強伝説の話ですよ。
タロウがバードンによって殉職し、救援に来たゾフィーも殉職するというものです。
ちなみに、ゾフィーが助けに来て、バードンにボコボコにされるまで2〜3分と短く、このまま死なせといてやれば良かったんだけど、ウルトラの母によって両人とも助けられた上に、バードン倒したのはタロウひとりという結末でした。
(8)「ウルトラマンタロウ」第25話「燃えろ!ウルトラ6兄弟」
ムルロアという怪獣を兄弟全員でボコボコにする話。
(9)「ウルトラマンタロウ」第33話「ウルトラの国大爆発5秒前!」 第34話「ウルトラ6兄弟最期の日!」
これまたテンペラー星人を6人でボコボコにする話。
(10)「ウルトラマンタロウ」第40話「ウルトラ兄弟を超えてゆけ!」
ゾフィーはじめ兄弟たちははタイラントに負けてしまいます。
え?タイラント?
タロウが倒したに決まってんじゃないですか!
(11)「ウルトラマンレオ」第38話「決闘!レオ兄弟対ウルトラ兄弟」 第39話「レオ兄弟ウルトラ兄弟勝利の時」
にせアストラに化けたババルウ星人がウルトラキーを盗み出し、それを追いかけてきたゾフィーたちとウルトラ兄弟が対決する話。
というか、レオとアストラをよってたかってウルトラ兄弟がボコボコにし、そこへウルトラマンキングがやって来て「そいつはババルウ星人ぢゃ」→「あ、間違えた、ごめんよ」→今度はババルウ星人をリンチという、素晴らしいいじめの話です。
しかし、マン・新マン・Aの3人の同時光線食らっても死なないレオって最強だよね……
(12)映画「ウルトラマンZOFFY」
今のところ唯一のゾフィー主演作品です。
一応、その後はウルトラ兄弟がダンスしてたりする作品にも出てきますが、なにせゾフィーの海外版権はソムポートさんが持ってますからな!
おかげで円谷は海外で売るウルトラ戦士がティガだけという体たらく。
ちなみにこの映画はというと、ZOFFYが案内役になって「ウルトラQ」から「ウルトラマン80」までの戦いを紹介し、声優さんがウルトラファイト同様に熱い実況を入れてくれるという凶悪映画です。
(13)映画「ウルトラマン物語」
微妙にパラレル入ったウルトラマンタロウの映画です。
今作を最後にウルトラ兄弟の設定はなくなりました。
設定はタロウが地球に来る前にドラゴンボールみたく猛特訓を積み、一人前の戦士になっていた…というものです。
とはいえ、宇宙の魔王ジュダ(アンドロメロスの使い回し)の手下のヒッポリト星人にウルトラ兄弟全滅!とか、テレビの使い回しが多々登場し、オマケにストーリーまで変わっているのでかなりややこしくなってます。
ゾフィーは最強怪獣グランドキングに兄弟で戦いを挑みますが歯が立たない…という役所です。
(そのグランドキングは、ウルトラ戦士のエネルギーを受けたタロウが「コスモミラクル光線」で倒しちゃいました。)
つーわけで、ご覧の通り、ゾフィーがマトモに戦ったのはギロン人とアリブンタをエースと二人で倒したときだけです。
あとは、兄弟全員引き連れて怪獣をボコボコにするか、アッサリボコボコにされるか、高みの見物か…
とにかく、今後ゾフィー主演エピソードが作られない限り、ゾフィー最強伝説は梶原一騎原作「プロレス スーパースター列伝」並みに怪しいと言えるでしょう。
子供たち!騙されるなよ!!
本当は幼稚園の砂場だそうですが、私に言わせれば砂場よりもヒーローものの方が大きいです。
いきなりですが、先日男3人でカラオケに行ってきました。
最初こそ「ルビーの指環」でしたが、その後は「強さは愛だ」「君の青春は輝いているか」「誰かが君を愛してる」と、特撮ものオンパレード。
特にメッセージの強いものばかりで(っていうか、3曲ともタイトルはおろか歌詞の中にヒーロー名や番組タイトルが入ってないんですよね)、実に熱い唄ばかりなんですよ。
「強さは愛だ」 |
熱い!
本当に熱い!!
先日読んだ本の中に「熱いヤツってダサイって事に気付いてねえんだよ」みたいなことが書いてあって、そうだなーとも思ったんだけど、別に俺がダサイ事なんて重々承知だし、だいたいこの世の中ダサイからって切り捨てていいものと悪いものがあるぞ、と再認識。
人間の心、それは炎より熱いんです。
そう、どんな困難にくじけそうになっても、何度でも立ち上がり、戦い抜くこと。
ヒーローに学んだ生き方の姿勢、それを示すには、自らもヒーローの姿勢に習って、変身こそしなくとも、「俺がヒーローだ!」みたいな感じで行くべきじゃないでしょうか?
これが俺の生き方だ、笑いたいヤツは笑え!俺を信じるヤツは、付いてこい!みたいな。
そういう炎のように熱い心を持った人々に見て欲しいなと思える作品が今日からはじまりました。
「ウルトラマンマックス」です。
なんせ「エヴァンゲリオン」以来、何でもかんでも鬱屈した主人公がウジウジ悩みながらちんたら成長して、最終回で一応一区切りするとか、もしくは全然成長しないと言うのが昨今のアニメクオリティなわけですが、これが特撮にも入ってきたわけで、私はすこぶる不満なわけです。
「仮面ライダークウガ」みたいに、等身大のヒーローやったあたりからどんどん「いわゆるヒーロー」ってものをぶっ壊しにかかっている感が多々あり、まあ、「シャンゼリオン」は面白かったかもしれないんですが、やはり王道をすべて壊すことが王道みたいな感じになっている現状はイヤなんです。
って、一言で言えば「ネクサスふざけんなボケ」なわけなんですけどね。(好きな人ごめんなさい)
ツンデレ副隊長はよかったですし、ラストで主人公がウルトラマンになるのもよかったんですが、とにかく、あの病人が好んでみるようなああいう作品は、主たる観客である子どもの情操教育によくないと思うんです。
ヒーローものは大人が見るのではなく、あくまでも子どもの情操教育のために存在するんです。
大人が見るのは、別にドラマとしてみてるわけじゃない。
ヒーローの熱い心を、子どもの側にいる身近な大人たちが学ぶためです。
つーわけで、この「ウルトラマンマックス」ですが、まさしくヒーローとしての基本を実に守ってくれていました。
主人公が、自らの命も省みず、子どものために命をかけるシーン、燃えました。
俺は、そういう態度がとれるんだろうか?
無謀と勇気は違う。
それも見極めた上で、勇気ある行動が取れるんだろうか?
熱い心を学ぶ上で、「ジャスティライザー」と共に欠かすことの出来ない作品が誕生したと確信しています。
つーわけで、見てないみなさんも、是非来週から見てください。
来週の敵はエレキングです。
ちなみに…「ネクサス」はよっぽど売れなかったみたいです。
だって、CMに…
ネクサス、いませんもん!
後輩とオタクトークをしていて、バイクロッサーの話題になりました。
で、なんと、後輩と俺しかバイクロッサー知らないと言うことが判明したので、今日はバイクロッサーの話をします。
っていうか、ポワトリン知らない人も意外と多くて腰が抜けそうになりました。ポワトリンについてもそのうち話をします。
バイクロッサーは、正式タイトル「兄弟拳バイクロッサー」。
1985年1月〜9月に放映された特撮ドラマです。
同時期に放映された作品といえば「機動戦士Zガンダム」「電撃戦隊チェンジマン」「巨獣特捜ジャスピオン」などです。
(左)弟・バイクロッサーギン
(右)兄・バイクロッサーケン
でまあ、日本テレビ系で放映されたヒーローであり、かつ、前年に放映されていた作品があの「星雲仮面マシンマン」だった時点で察しがつく人も多いと思うんですが、とにかくここの局でやるヒーローものは低予算です。
何が低予算って、怪人の着ぐるみを新調できないので、腕だけ(のちには頭も)変えてスーツは同じなんですよ。
東宝製作で、日本テレビ放映の「サイバーコップ」でも怪人は2種類「オミノス」「ハルコス」しかなく、戦闘員すら予算がなかったので、市販の迷彩服にサングラスをかけたJACのスタントマンが暴れるというものでした。日本テレビはかなりのケチです。
ただ、これに対して製作サイドは軍団制とか、科学者の作ったロボットなど、あの手この手で対抗しました。
いやー、もう、バイクロッサーといえば兄弟戦士だとか、うっかり八部衛(高橋元太郎さん)が主題歌歌ってるとか、バイク担ぐ(後述)とか、潮健児さん出演とかが先に浮かぶ人がほとんどでしょうが、とにかく敵が宇宙一ショボい。
なにせ、敵組織は地獄大使キチガイ博士に孫娘と秘書の3人だけですよ。(のちに宇宙の機械生命体=首領が組織を乗っ取りますが…)
しかも、目的はというと、子どもをいじめてその泣き声をテープに吹き込み、それを魔神像に聞かせると魔神像からダイヤが出てくるので、ダイヤを集めるという、ただそれだけなんですよ。
(※ただし、後半から首領の命令で世界征服を企んでましたけどね。首領と3人だけで)
世界征服企んで、少なくとも上九一色村一部自治体乗っ取れるくらいの能力があるなら、宝石強盗すればいいじゃんって思うんですけどね。
大体、魔神像から出てくるダイヤって事は、人造ダイヤじゃん。
で、本作最大の伝説といえば、ギンクロン=ブレーザーカノン砲でしょう。
ブレーザーカノン砲、発射!
これの発射シーンだけは昔見たんですが、凄いんですよ。
発射するために、いちいちバイクを取りに行かなければならない煩わしさ!
グランセイザーが戦闘場所まで徒歩で行ってる事実より驚きです。
で、弟がバイク乗ってジャンプして、兄貴が担いで引き金を引く。
バイクのヘッドランプからビームとか、バギーが変形してバズーカになるとかは普通なんですが、なにせこれが凄いのは弟の乗ったバイクを兄貴が担ぐという、究極の兄弟愛ってとこでしょう。
ちなみに、玩具でもちゃんと、兄貴が担いで発射する場面が再現できます。
とはいえ、これ、低予算とか言いましたが、オープニング見ると、ヘリコプターでスタントマンつるしながら爆炎の中を飛び越えるって危険なシーンを撮ってまして、当時の特撮ものはアクションドラマとしても超一級だなと感じました。
ちなみに、バイクロッサーについて、未だに俺は後悔していることがあります。
ガキの頃、一緒に同居している祖父さんが、これのソフビ人形を俺のために買ってきてくれたんです。
あろう事かそれを要らないと言って祖父さんの前で捨ててしまった(らしい)俺(当時2歳4ヶ月)
バカバカバカ、オレのバカー!
祖父さんにも失礼だし、そもそもお前、モノの価値がわかってないだろー!!
くそう、残ってればいい記念の品になっただろうになあ……。
とりあえず、過去に戻ってやり直せるなら、その時の祖父さんに「ありがとう」って言うってのは、ひとつの選択肢ですね。
現在、大学で私が所属する模型サークルでは「軍艦祭」と言うことで、様々なキットを作っています。
この「艦船キット」を作ると言うことは、実を言うと戦史を知ることにつながっています。
兵器の性能を知ると言うことは、戦争を別の側面で見ることが出来るようになるんです。
日本とアメリカの兵器を比べてみても、そりゃアメリカの方が強いよねと言うことがわかりますし、大和の欠点なんかも実際に大和を作ればわかるわけです。
そんなことをやっていれば、必然的に黒歴史というものにも触れていきます。
今回、サークルメンバーと話し合って、俺の日記でこの事実に触れようとなったのは、歴史オタクの俺たちでも知らない人が多く、ひとりでも多くの人にこの事実を知ってもらうことに意義があると考えたからです。
それは、「阿波丸事件」です
1945年4月1日、輸送船「阿波丸」がアメリカ潜水艦の攻撃を受け、沈みました。
これだけならば戦争の悲劇で済みそうですが、ことはちょっと複雑です。
実は、阿波丸とは、アメリカ軍捕虜に救難物資を運ぶために使われる輸送船であり、我が国ではただでさえ少ない輸送船の中から阿波丸を徴用の任から解き、フネ全体に「緑十字」(国際法上攻撃してはいけません)を描き、さらには連合国から「絶対攻撃しません」というお墨付きまで得て南洋諸島に送り込んだフネだったのです。
で、その任務から本国へ帰還する途中、
なんと米国潜水艦がこの阿波丸を、
「絶対攻撃しない」と誓ってお墨付きを与えた阿波丸を、
撃沈しやがったんですよ!
阿波丸は南洋諸島にいた官僚や軍首脳、政治家、民間人を乗せており、乗員2005名中2004名が亡くなるという大惨事になりました。
(つまり、生存者はひとりだけ)
ちなみに「タイタニック」は1500余名です。
命は数ではないでしょうが、人数も上ですし、何より氷山にうっかりぶつかったタイタニックと違い、沈めたのはアメリカの潜水艦です。
沈めないと約束したのに、沈めやがったんですからね。
沈めてもいいフネじゃないんです。
絶対に沈めない。そういう約束された船を沈めたんです。
これ、今やったら、とんでもない国際問題ですよ。
日本はスイス政府を通じてアメリカに猛烈抗議。
アメリカ側は謝罪した上で、賠償問題は「戦後にしましょう」と言ってきました。
で、戦後になったわけですが。
まあ、みなさんここまで来たらおわかりですね?
「また後で」って言うときほど信用できねえワケですよ。
GHQによって、阿波丸事件は抹殺されちゃいました。
どういうことかというと、「占領下の日本に米国はたくさん投資しとるし、まあ大目に見てちょ」だというのです。
この要求がいかに常識はずれ、恥知らずなものであるかはみなさんおわかりでしょう。
とはいえ、当時は占領下。
そんな要求を突っぱねることも出来ず、我が国はこれを飲んでしまいました。
1948年、アメリカとの間に「阿波丸協定」が結ばれています。
この協定により、阿波丸に関する賠償請求権は、日本は放棄しています。
私はこれを知り、「この国は敗戦後も、何度も敗戦してきたのだな」と深く感じました。
怒りすら覚えています。
戦後史をひもとくたびに、屈辱の歴史がいくつもあります。
阿波丸は、その中でも特に大きな屈辱のひとつだと思います。
きっと、今後も黒歴史でしょう。
しかし、本当に、戦争というものは悲劇しか生みませんね。
こういった悲劇から目を背けて欲しくない。
是非、みなさんに知っておいて欲しくて今回取り上げました。
最後になりましたが、「阿波丸事件」について取りあげていたウェブサイトをいくつか参考にさせていただきました。
この場を借りて、厚く御礼申し上げます。
「最近、ライダーが増えたな」と友人が言いだしました。
その友人は「ガンダムも増えたな」ともいいます。
後輩は「もうライダーバトルはいらねーよ!」といってました。
そういえば、東映は最近迷走気味で、某所の映画「ヤマト」本スレでも
95 名前: 名無シネマ@上映中 [sage] 投稿日: 2005/09/30(金) 18:29:01 ID:AbhRf5hy |
ということが書かれてました。
あ、「男たちの大和」の監督は「北京原人 Who are you?」の佐藤純彌監督ですので念のため。
でまあ、最初は東映のアンチヒーローがいつからおかしくなったのかを調べていくうちに、なんだかどんどん日本の悪役大全となっていったので、ちょっと系統立てて紹介してみたいと思います。
まず、ヒーローの敵役として「アンチヒーロー」が登場するというのは、日本においてはかなりよくあるパターンです。
一方、米帝ディズニーだと、まあ憎めない敵役はいても、敵のボスにも汲むべき事情があったとか、そういうのはないですよね。
あと、裏切りってのもあんまりない。
裏切ったふりしてヒーローに味方するけど、隙を見てさらにヒーローを攻撃…というのもアメリカではあんまりないですよね。
悪役が魅力的って言うのは、日本のマンガ文化ではある種の特徴かもしれません。
で、まあ、当サイトではアンチヒーローをこういう風に分けてみました。
この辺の項目でアンチヒーローはそこそこ分類できると思います。
<1軸>
1.レギュラー(またはセミレギュラー)キャラである
2.ゲストキャラクターである
<2軸>
1.クールでニヒルな悪役である
2.クールではない
<3軸>
1.ヒーローに似た外見(または対極の外見)や背景(設定)を持つ
2.デザインや背景はヒーローとは似ていない
<4軸>
1.ライバルである
2.ライバルではない
<5軸>
1.強い
2.弱い
<6軸>
1.最終的にヒーローの味方になる(またはシンパシーを感じる)
2.最後までヒーローと反目する
<7軸>
1.最終回のラストで生存している
2.最終回までに死亡(戦死)する
<8軸>
1.ファンに人気がある
2.特に人気はない
と、こうしてみると、なんだか古事記の御代からアンチヒーローが存在できるような気がしてきます。
(真っ先に思い浮かんだのは「里見八犬伝」の犬山道節でした。あれもそこそこニヒルな気が)
で、私の記憶に頼る限り最も初期のアンチヒーローにはいるのが「にせウルトラマン」です。
この「にせウルトラマン」は現在に至るまで「にせヒーロー」の基本フォーマットであり、彼に続いて以下のようなヒーローたちが出てきています。
(ザラブ星人は「にせヒーロー確立」という多大なる功績をこの地球に残してくれたんですよ。ありがとう、ザラブ星人!)
名前 | 登場作品 |
にせウルトラマン | 「ウルトラマン」 |
にせウルトラセブン | 「ウルトラセブン」 |
にせ郷秀樹 | 「ウルトラマンA」 |
エースロボット | 「ウルトラマンA」 |
ショッカーライダー | 「仮面ライダー」 |
デストロンライダーマン | 「仮面ライダーV3」 |
ゴッドライダー | 「仮面ライダーX」 |
にせアマゾンライダー | 「仮面ライダーアマゾン」 |
にせスカイライダー | 「仮面ライダー(新)」 |
ロボットスーパー1 | 「仮面ライダースーパー1」 |
にせスーパー戦隊 | ほぼ毎年の戦隊もの(※登場しない年もあり) |
このにせヒーローは基本的にレギュラーではなく、大概の場合クールでニヒルとはかけ離れた性格です。
(にせ戦隊だとニヒルっぽい性格もそのままだったりしますが)
ヒーローと共通の外見を持っていますが、ショッカーライダーの手袋の色など、基本的に偽物であることをどこかでアピールしています。
そして、テレビの前のガキにはわかる特徴なのですが、テレビの中の人間は大概の場合気付きません。
(たとえばショッカーライダーの時、立花のおやっさんは手袋の色とか気にしないらしく、まんまと騙されていた。おやっさんは紀州で新2号と再会した際にも本郷と思いこんでいたため、マスクの色があの色だったらみんな本郷だと思うらしい。映画版「V3」以降2号のマスクが濃くなるのはこれが原因か?)
さて、アンチヒーローのエポックメイキングといえば、「人造人間キカイダー」のハカイダーでしょう。
外見はヒーロー(キカイダー)とは似ていませんが、キカイダーの父・光明寺博士の脳を持つ存在で、設定は似ているわけです。
(この設定を最初知ったとき、無茶苦茶なと思ったんだけど、仮面ライダーV3でもライダーマンが脳手術を行うシーンがあったので、あの頃のヒーローものは医学考証とか一切抜きで、なんでもありだったんでしょうね)
で、ハカイダーといえば、最終的にはキカイダーにかなり味方してくれます。
アレですよ、「ありがとう、助かった」「勘違いするな、お前を倒すのはこのオレだ!」ですよ。
「勘違いするな、お前を倒すのはこのオレだ!」
いい科白ですねえ。
一体フィクションワールドで何人がこの台詞を言ってきたことやら。
また、ほぼ同時期に「仮面ライダーX」にアポロガイストという人気の悪役キャラがいたことも忘れてはいけません。
あれも結構キザでしたねー。超神ズシーンだけど。
さて、70年代後半から80年代前半にかけて、特撮ヒーローは下火となり、アニメが隆盛します。
特撮オタクはアニメオタクと同一視されることを極端に嫌がりますが(俺はなんでも好きなので同一視されても余裕ですが)、この75〜85年にかけて登場した人気アニメの悪役が特撮に与えた影響というのはかなり大きいと思います。
代表的なのはこの辺でしょう。
(スパロボやってる人はわかるかな?)
名前 | 登場作品 |
シャア=アズナブル | 「機動戦士ガンダム」 |
デスラー | 「宇宙戦艦ヤマト」 |
ガルーダ | 「超電磁ロボ コン・バトラーV」 |
ハイネル | 「超電磁マシーン ボルテスV」 |
リヒテル | 「闘将ダイモス」 |
シャーキン | 「勇者ライディーン」 |
ギジェ=ザラル | 「伝説巨神イデオン」 |
バーン=バニングス | 「聖戦士ダンバイン」 |
「とにかく裏設定がある」「主役を喰っちまうくらいカッコイイ」「印象に残る」、まあ、色々ありますね。
デスラーなんか、いつの間にかヤマトを差し置いて大活躍じゃないですか。
(西崎さんがデスラーが好きなのはわかるけど、悪役を主役に据えちまったのは大失敗だったと思います。)
で、このアニメーションノウハウが蓄積され、特撮ヒーローでは中興の祖とも言うべき悪役が出てきます。
それが「巨獣特捜ジャスピオン」のマッドギャランです。
黒一色で、憎らしくもあり、強くもある。
春田純一氏の怪演もあって、ヒーロー史に燦然と輝く存在です。
また、その2年後には「超人機メタルダー」にてトップガンダーというキャラクターが「お前を倒すのはこの俺だ!」発言をしてメタルダーの仲間になってます。
当時幼稚園児でしたが、トップガンダーはかなり人気のあった記憶があります。
俺もトップガンダーの絵を描いてた記憶がありますもん。
アレは描きやすくてガキにはとても助かりました。
さて、この2作品で気をよくした東映&バンダイは、次なる作品でさらに印象的な悪役を作ります。
それが「仮面ライダーBLACK」のシャドームーンです。
シャドームーンは凄かったですよね。
未だに「一番好きなライダーは、シャドームーンです!」って言う人いるでしょう。
「ライダーじゃねえし!」「でも、アリだろ!」とか言い合ったりして。
シャドームーンは、マッドギャランよりも進化していました。
どう進化していたかというと、シャドームーンにはライダーベルトがあったんですよ。
しかも、色が違うだけで形は同じなんです。
それから、バトルホッパーというライダーのバイクも手なずけるシーンがありました。
いわば、「悪の仮面ライダー」だったわけです。
まあ、そりゃ設定上はライダーとほぼ同一の存在なワケでね、似ているんです。
ライダーであるとは公式に宣言しませんでしたが、視聴者は「ライダーvsライダー」と認識し、狂喜乱舞しました。
今考えると、これが間違いのもとだったんでしょう。
1991年「機動戦士ガンダム0083」にて、「ガンダムvsガンダム」が実現します。
「特捜ロボ ジャンパーソン」でもボディがジャンパーソンとほぼ同一(=オモチャを売るときは金型使い回しできる)の「ビルゴルディ」なるキャラが登場しました。
(ちなみに、この「首から下だけ同じ」というのはバンダイ作品で特に多く、「ソルブレイン」のナイトファイヤーや「ガンダムW」のトールギスIIなどがこれにあたる。また、「ブルースワット」では、アーマーの色以外共通だったので、首すら変えずに金型を使い回した)
これに気をよくしたバンダイは「Vガンダム」を「ガンダム戦隊」と位置づけ、さらには翌年の「Gガンダム」を「ガンダムオリンピック」にしてしまいます。
Gガンダムはプラモの売り上げもよかったため、バンダイの握る「ガンダム」「ウルトラマン」「仮面ライダー」が、同じものとの対決になってしまうのは必然の流れでした。
「ガンダムW」のエピオンに、「ガンダムX」のヴァーサーゴ&アシュタロン、そして「ガンダムSEED」
「ウルトラマンゼアス2」ウルトラマンシャドー、「ウルトラマンコスモス」カオスウルトラマン、「ウルトラマンネクサス」ダークファウスト
「仮面ライダー龍騎」「仮面ライダー555」「仮面ライダー剣」
正直、喰い飽きました。
もうわかった、許してくれ。
確かにシャドームーンは素晴らしかったんです。よかったと思います。
しかし、だからといって毎年ライバルキャラがヒーローに似た存在というのはどうなんですか。
マンネリ打破が今やマンネリじゃないですか。
仮面ライダー龍騎なんか、ライダーの名前であっても2〜3話のゲスト敵だったヤツ(あのカニ刑事)がいましたし、もはやガンダムなのに活躍場面が0083のパワードジムとどっこいってのもカンベンして欲しいものです。
というわけで、バンダイには提供したアニメやヒーローもので次々と主役と同じ存在のライバルを出すの、やめてください。
ホント飽きた。マジで。
<ちょっとだけ真面目な話> |
※本日の日記はネタバレありです。
今日は「劇場版 超星艦隊セイザーX 〜戦え!星の戦士たち〜」を見てきました。
登場するヒーローは18人で史上最多、タイトルも特撮史上有数の長さです。
例年、この時期は「ゴジラ」をやってたんですが、予算不足やら子供向けアニメ(ハム太郎)を同時上映すると両方のファンからクレームが来るなどの不都合で、ついにこういう事態になりました。
しかも同時上映は「ムシキング」。
「セイザーX」と「ムシキング」、ともにピンで客は呼びづらいものの、セットでやればガキも来るだろうという東宝のソロバン商売が見え見えです。
そして特技監督は、「ゴジラvsビオランテ」から「モスラ2」まで、俺の青春の怪獣映画を支えた川北紘一監督。
監督は「我が心の銀河鉄道」「トットチャンネル」「T.R.Y.」の監督であり、「ドリームスタジアム」「走れ!イチロー」の大森一樹監督です。
大森さんはネットでは評判悪いけど、最初からC級映画にするんだぞって映画をB級にするのは凄くうまいと思います。
この人のゴジラ、俺は好きですよ。
A級映画撮れないって弱点はあるけど、それくらい大目に見ようということで。
で、この映画を見ると「ムシキング」のパスワードがもらえる(らしい。詳しくは知りません)らしく、実は公開直後の出足が「ブラックジャック」以上だったため、「冬休みに突入したらガキと一緒に見るハメになる」=「オタクには居づらい空間ができあがる」とすぐに確信。
今日、見てきました。
いやー、ガラガラでしたよー。
平日のはずなのに小学生が居たのには驚きましたが。
誰か補導してくれ。
さて、今回は「超星神シリーズ」念願の劇場版。
面白かったですよ。
クオリティは予算の割に高かったです。
「ムシキング」のせいで映画に付き合わされるパパも、「セイザーX」は多分リラックスして見られると思います。
※ここからはある程度わかってる人向けの単語が出てきますが、わからない人は検索かけるなり、TSUTAYAに走るなりしてください。
まず、「映画セイザーX」は、「超星神シリーズ」ではパラレルワールドに当たります。
これは、「仮面ライダーAGITO」ほかライダーシリーズもそうですよね、というか、「マジンガーZ」の映画版の頃から「映画はお祭り、テレビとは違う」というのが、日本のアニメ・ヒーロー界の不文律です。
だから、「この設定、テレビと違うじゃねえか」とか、そういうことは気にしません。
グランセイザーの中身やデモンナイトや麗香さんが出ないとか、クラウドドラゴンもダイセイザーもジャスティカイザーも出ないじゃねえかとか、テレビ版と敵の幹部の性格や台詞回しが違うじゃねえかとか、色々設定上の違いがあったけれど、「映画はお祭りで、テレビ版とは違う」ので、気にしません。
気にしてないよ!!
ちなみに、この「映画セイザーX」で「超星神シリーズ」が繋がりましたが、第1作「グランセイザー」では「初代モスラ」や「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」の中条信一博士(小泉博さん)も出てきており、さらに今回は「海底軍艦」の轟天号まで登場した(後述)ため、「超星神シリーズ」は晴れて東宝怪獣映画の仲間入りを果たしたことになります。
(とか言うと、「流星人間ゾーン」もそういうことになるわけですが)
ストーリーの流れは東映の「スーパー戦隊バトルビデオ」(最新作「マジレンジャーvsデカレンジャー」)をインスパイヤして映画にした感じになってます。
ただし、あっちはVシネマで、こっちは劇場映画である以上、ボリュームは上です。
こっちは変なドラマパートで時間稼ぎしませんからね。
で、人間ドラマをどうさせるのかなと思ったらやってくれましたよ。
「いかにして変身するか」がメインフォーマットになってます。
実は戦隊と違い、「超星神シリーズ」では、最終回で「変身能力」(ちなみにかけ声は「装着!」)を失ってます。
というわけで、「ジャスティライザー」の3人は変身アイテムは持ってますが、もう変身できません。
しかも、そのエネルギーは「ボスキート」という「グランセイザー」のラスボスに吸い取られてしまいました。(なお、ボスキートのデザインは着ぐるみを処分したせいか新規のものになってました)
前ヒーローの変身をギリギリまで引っ張り、クライマックスで集合させるという展開はかなり燃えます。
なお、今作で「グランセイザー」は大人の事情で素顔が出ませんでした。
で、途中で「グランセイザーはボスキートに吸い込まれた」という台詞があります。
今作の「グランセイザー」は「水晶板に愛と正義と勇気の思いが届いたとき、現れる奇蹟の戦士たち」みたいな扱いで、天馬たちではないのでしょう。
まあ、「セイザーXvsジャスティライザー+12人の戦闘員」だからしょうがないんですが。
とはいえ、世界観を繋げるために頑張ってました。
こういう感じでまんべんなく使われてます。
グランセイザー | ジャスティライザー |
・堀口博士(赤星昇一郎氏) |
・変身前の3人(伊阪達也氏・神崎詩織氏・井坂俊哉氏) |
予算が限られていたため、うまーく前のも使い回してました。
冒頭のブルガリオなんか、着ぐるみその物はジャスティライザーの使い回しですよ。
(ここのバトルシーンは大迫力)
<余談1>
ユウヒが出たのは驚きました。
そしてあっさりぶっ壊されたほか、やられるシーンがテレビ版のフィルムを使い回して他のも驚きました。
流石東宝、「ゴジラ対ガイガン」で、アンギラスの戦闘シーンを「怪獣総進撃」から流用しただけあります。
(そのほか、後半のゴジラ映画は特撮パートに流用が多く見られる)
<余談2>
高田モンスター軍・高田総統閣下がご出演されています。
偽ジャスティライザーに「ビターン!!」を敢行されますが、アン・ジョーさんやヤドカリ島田(呼び捨て)もろともボスキートに吹っ飛ばされます。
出番、30秒。
<余談3>
本作では偽ヒーローが登場します。
実はシリーズ初だったと思います。
しかし、なんと言っても特筆すべきは轟天号でしょう。
今作の主役は轟天号ですよ!
轟天号は「海底軍艦」に登場した万能戦艦で、機首にドリルの着いた独特のフォルムをしています。
このドリルで地中を進めるだけでなく、怪獣も倒せるのです。
このインパクトは大きく、後に「究極超人あ〜る」でも主人公の自転車が「轟天号」という名前になってました。
(後輩はこのネタも知らずに自分の自転車に轟天号という名前を付けていた。俺が「海底軍艦だね」と言ったら、あっさり否定した。だから「海底軍艦」が元ネタなんだよ!)
かつてのファンに喜んでくださいといわんばかりのネタ満載です。
轟天号を指揮するのは神宮司長官。
「海底軍艦」でも轟天号を作ったのは「神宮司大佐」でした。
(ちなみに、海軍の場合「タイサ」ではなく、「ダイサ」と読むのだそうです)
轟天号のメイン装備は主砲、機首のドリルのほか、秘密兵器の冷線砲。(冷凍ビーム)
今作でも主人公のピンチに冷線砲を使ってくれました。
そして発進&活躍シーンの音楽は伊福部先生のあの音楽をデジタルリマスターして使用。
轟天号が活躍する瞬間、あの伊福部サウンドが響き渡ります。
強大な敵にドリルで突撃!撃破される偽ケンライザー!!
メチャクチャ燃えるシーンです。
さらには、「西部警察」などで活躍された野呂真治氏のカースタントや、着ぐるみだけなら20体くらいはいるボスキートの大群、「メカニコング」「キングギドラ」のデザインをモチーフにした怪獣たち……と、見所はたくさんあります。
家族揃って見に行ってください。
なお、同時上映の「ムシキング」ですが、キャラクターデザインが「名探偵コナン」な上に、なぜか主人公がピーターパンではなく「超発明BOYカニパン」のコスプレをした少年で、冒頭5分でゲップが出そうなくらい「ムシキング」の説明をされるので10分持たずにかえりました。
途中で席を立った映画はこれが初めてです。
「セイザーX」も見たくない人は「ムシキング」見たらキレますよ。絶対。
冒頭5分で笑ったのは以下の台詞。
「パパ!今度の日曜にムシキングの大会があるから応援に来てよ!」
「ムシキングって何?」
「ムシキングだよ!」
「ああ、虫取りなら昔やったなあ」
「違うよ、ゲームだよ、ゲームの大会だよ!」
「てやんでえ、虫のケンカに仕事休めるかって!」
まったく同感。
つーか、ゲームで虫取りするくらいなら、お外で虫取りしろと言いたい。
激しく言いたい。
いよいよ紅白歌合戦が近くなってきました。
今年は大晦日には「テレビタックル 人類滅亡スペシャル」のほか、「プライド 小川直也vs吉田秀彦」「K-1 ボビーオロゴンvsMAKEBONO曙」、そしてテレ東「年忘れニッポンの唄 マツケンサンバパーフェクトメドレー」と、メジャー・B級入り交じった番組が目白押しです。
いや、マツケンサンバは凄いよマジで。
さて、今年の紅白歌合戦では、布施明さんが「仮面ライダー響鬼」の主題歌、「少年よ」を熱唱します。
このほか、グループ魂が「ケロロ軍曹」の主題歌「君にジュースを買ってあげる」を歌います。
とはいえ、今年スキウタに「ハッピーマテリアル」が入ってたのに歌われなかったのと同様、「HIBIKI」という番組に限りなく近いタイトルを入れるアニソンや特撮ソングは、なかなか紅白では歌われないものです。
(ただし、ライダーだけはプロデューサーが好きなのか、藤岡弘、先生がせがた三四郎で登場したり、ライダーショーがあったり、主題歌が歌われるなど、色々あった)
なにせ、紅白歌合戦の長い歴の中で、特撮モノの主題歌が歌われるなんて、史上初ですよ。
応援は例外として、正式に特撮モノの唄が紅白で歌われるときがついに来たわけです。
それが水木兄貴でも、JAMでもなく、布施明さんなのは、まあ、韓国の「チャングムの夢」ってアニメを通常の3倍で買い取るNHKらしくてええですな!!
おっと、話を戻しましょう。
で、アニソンですが、意外と歌われています。
去年は「ココロオドル」(SDガンダムフォース)歌われてますし。
とはいえ、そんなことを言うなら「ブラックジャック」の「黒毛和牛上塩タン焼680円」もアニメソングですし(カラオケの本にもちゃんとアニメソングとして取り扱ってある)もアニメソングですし、中島美嘉の「火の鳥」や「FIND THE WAY」もアニメソングですし、ケミストリーの歌った鉄腕アトムの主題歌だってアニメソングになってしまいます。
というわけで、ここでひとつ、「これは違う」という基準を設けたいと思います。
早い話が、
「るろ剣」主題歌だったJUDY&MARYの「そばかす」以後のその手のアニメソングは、アニメソングとは原則認めない!!
と、いうことです。
そうなると「スラムダンク」の「あなただけ見つめてる」をはじめ、グレーゾーンが出てきますが、「そばかす」のヒットがアニソンの世界を変えたきっかけなのは間違いない(SONYも認めている)ですし、「スラムダンク」や「幽遊白書」の頃は、ファン自身が主題歌に愛着もってたんですよ。
最近のガンダムSEEDは、主題歌が使い捨て。どうなの、これは。
もはや、主題歌じゃない。
これは使い捨てコンタクトみたいなもんです。
さて、で、「そばかす」以前のアニメソングを調べてみると、こういう結果になりました。
なんと、紅白歌合戦初のアニメソングは、これまた布施明さんなのです。
日本のアニメソング史をひもとくと、「宇宙戦艦ヤマト」がひとつのターニングポイントになっています。
和製プレスリー・ささきいさお氏が主題歌を歌い、さらには劇場版主題歌を沢田研二氏が歌い、その後「劇場版主題歌は大物歌手が担当」という慣例ができあがる、今でも健在なヤツですね。
実際、「機動戦士ガンダム」で主題歌が谷村新司氏プロデュースだったのは、富野監督がチンペイさんのファンであったと同時に、「世間へのイメージ」もあったそうです。
(なお、大人の事情でチンペイさんは歌えず、代わってボーカルを担当したのがやしきたかじん氏。大ヒットした「砂の十字架」は、彼にとって永遠の黒歴史となっている。)
布施さん以前のアニソンは確認できませんでしたが、まずないと思います。
これは、60年代の紅白が応援なしの純粋な歌合戦だったことや、グループサウンズがブルーコメッツ以外出られなかったという、「保守の牙城」という性格もあったんだと思います。
さらにはアニメソングのタイアップによって、「アニメソングがヒットした」ではなく、「ヒット曲はアニメの主題歌だった」という逆転現象や、パヤオこと宮崎駿監督の作品などによって「アニメ」への認識が世間で低くなった(といってもまだセーフなのはネズミとジブリと押井、ガンダムくらいだが)というのもあるのでしょう。
とにかく、私も布施さんの「少年よ」くらいは見ると思います。
紅白がどうなるか、楽しみですね。
<余談>
本テキスト執筆後の紅白歌合戦では、「仮面ライダー響鬼」のアクションが行われたほか、主演の細川茂樹氏が登場していますが、日付とテキスト性格上、その後については割愛しております。ご了承ください。
※本日の日記はネタバレを含みます。
1945年、昭和20年、4月6日。
3333名の男たちを乗せた最強最大の浮沈戦艦「大和」出撃。
翌日4月7日、大和、撃沈。
3000名以上の男たちが、巨大な墓標とともに、今も眠る。
その「大和」に乗り込んだ男たちの生き様を描いた「男たちの大和/YAMATO」を見てきました。
一言で言えば「泣き映画」です。
「軽く歴史が好きで、ちょっと右っぽいものが好きな人もオススメ」って言うヤツですね。
もっとわかりやすく言うと、「ラスト・サムライ」が好きな人は迷わず見に行くべきだと言うことです。
とはいえ、映像は迫力がありましたし、根底に流れる「国家や、家族への愛」といったものは素晴らしいのに、どうも映画の中で違和感があるところが出てきました。
これは、シナリオが学校で教えられるような超ステレオタイプのものであり、さらには監督の大和のとらえ方が実にトンチンカンというものもあったと思います。
実際、「大和は使い物ににならない戦艦」「あれを作るくらいなら空母や戦闘機を作ればよかったんだ」といった俗説が幅広く流布されています。
じゃあそれは正しいのかというと、答えは否です。
大和型は戦艦としては実に優秀なものがありました。
また、「空母を作れ」というけれど、空母の有効性が実証されたのは真珠湾攻撃の時。
それまで「空母機動部隊」なんて考え方はなかったわけで。
これは戦後の日本の戦争教育や、兵器への評価をすべて結果論で提示していたことに問題があると思います。
「この兵器は活躍しなかったからダメな兵器」
「この兵器は活躍したからいい兵器」
こんな単純なカテゴライズなら、原子爆弾が最もいい兵器になってしまうじゃないですか。
ようは、兵器というのはきちんとしたコンセプトがあり、そのコンセプト通りの環境において初めて結果が出るわけです。
たとえば、井端選手がホームランを打たないからダメな選手だと言えますか?
谷繁選手が盗塁しないからダメな選手といえますか?
ウッズ選手がバントしないからダメな選手といえますか?
荒木選手がピッチャー出来ないからダメな選手と言えますか?
ようは、状況にあった使い方なワケですよ。
戦艦大和は活躍するチャンスはあったのだけれど、開戦後「旗艦は温存すべし」という、当時としては当然で、今となっては理解不能な温存策によって出撃の機会がなく、出撃したときには大和の得意とする場面で戦えなかったわけです。
詳しくは専門書に譲りますが、「大和」の存在というのは決して「無用の長物」なんてものではないと私は思います。
そして、シナリオ。
これは非常にいただけない。
キャストの熱演や、迫力の映像で誤魔化してはいますが、どうも厳しい。
まあ、順を追ってみていきましょう。
2005年の現代、大和乗組員だった男の養女(演:鈴木京香)は、父の遺骨を牧に、大和の眠る場所と漁船に乗って出かけていた。
その漁船の船長・神尾克己(演:仲代達也)は、かつて大和の乗組員であり、養女の父・内田守(演:中村獅童)の部下であった。
神尾は、かつての真実を語りはじめる……
とまあ、早い話がタ●タニックからインスパイヤされた展開ですよ。
もちろん、実はこの女性にはモデルがいるし、実は散骨も実話なんですが、この回想形式が邪魔でたまんなかったです。
だって、いきなり映像の明るさが変わるんですよ。
うへーって感じですね。
最後の最後に出てきて、遺骨まいてオシマイだったらよかったんだけど、とにかく全編出てきて「うわー」って思いました。
で、過去編。
15歳の神尾克己(演:松山ケンイチ)は志願して大和の乗組員となり、上官に殴られたり、先輩にかばわれるなどの体験をする…
という展開。
まあ、ステレオタイプというかなんというか。
「やったものは誰だ、申し出よ!」
「俺です!」
もちろん、友人をかばってるわけで。
ありえねー。
ちなみに、このシーン、鉄パイプで内田の尻を叩いていたのは石原プロのニューフェイス・金子憲史さんです。
「西部警察スペシャル」のほか、「ドラマ版逮捕しちゃうぞ」で中嶋の部下の白バイ隊員を熱演してました。
このへんで艦内を案内されるシーンもありましたが、「なんか最近のフネっぽいな」と思ったらなんと護衛艦で撮影されたんだそうです。
これはいいのかなー…と思いました。
で、次にレイテ沖海戦のシーン。
サラッとアクションやって終了です。
この戦いで大和の同型艦・武蔵が沈んでおり、友人も「同型艦が沈む感慨を見せて、次は俺たちだって言う感じにしたらよかったと思う」と言ってましたし、実際そうだったと思います。
なお、この映画、大和以外のフネは1カットしか出ません。
漂流者を救助する駆逐艦が遠くにちょっと出るだけです。
だから、なんだか大和1隻で沖縄行って沈められたような感じになってます。
軽巡洋艦「矢矧」に乗っていた古村啓蔵司令や、駆逐隊の小滝大佐も会議のシーンでは出てきますが、大和がボコボコにされるシーンでは一切出てきません。
また、人物へのテロップや説明がなく、私のような軽めのオタクが見てもわかりませんので、一般人が見たら、まずわからないと思います。
で、最後の上陸をして家族や愛するものとの別れを告げ、大和に乗り込んでいくわけですが、まあ、ここら辺が過剰演出かなーっていう感じがしました。
母親と別れる場面で雪が舞い、その次のシーンでは快晴になってるんですよ。
「この日は一体どんな天気だったんだ」と考えてしまいます。
細切れにすればいいシーンかもしれませんが、続けると違和感バリバリです。
ぼた餅食わせる場面はよかったし、母親に敬礼して別れるのはよかったんだけれど、呼び止めて抱きしめるのは絶対あり得ないと思いました。
祖母さんも「そんなみっともないことはしないと思う」と言ってました。
そして大和がボコボコにされ、次々とキャラが死んでいきます。
唐木(演:山田純大)が死ぬときはちゃんと見せ場がありましたが、臼淵(演:長島一茂)は一瞬で死ぬので「今のは一茂か?」程度しか気付きませんし、神尾の仲間の少年兵に至っては、誰がどこで死んだかすらわかりません。
司令部も、「総員退艦」のとき、のほほーんとしており、退艦命令を出した連中はボケーッと突っ立って、伊藤中将(演:渡哲也)が長官室にて死を待つのを見送るだけです。
って、史実を知らないと外に出てったようにしか見えないヨ!
まるで伊藤中将が率先して退艦したように見えるじゃないか!
つーか、司令部もぼさーっと突っ立ってる場合かよ、と。
ここは友人も怒ってました。
このあと、漂流する神尾は炊事班長の森脇(演:反町隆史)によって助けられます。
あれ?森脇って米軍の機銃掃射で瀕死の重傷負ってたから泳げねえだろ?
と思ったら、友人が「あれは多分、亡霊ってことだろうな」で納得。
でも、亡霊らしいの演出ゼロです。
だって、神尾を助けたら、泳いで大和の方に戻るんですよ?
なんだか、自決したように見えるじゃないですか。
あと、これは書いておかないといけないんですが、とにかく史実をねじ曲げてます。
・護衛の戦闘機はわずかだがあった
・燃料は片道分ではない(これのため、大和轟沈に伴う重油流出で重油まみれになって亡くなった兵士多数だとか)
・主砲を撃つときは、機銃の兵士は待避する(甲板にいる人間は、爆風で死亡する)
・漂流者は米軍の機銃掃射を受けて、多数が死亡している
特に4番目ですよ。
俺は反米主義者ではありませんが、戦時中の米軍の行為を笑って許すって言うのは難しいと思います。
戦時中の米軍の行動は、阿波丸事件とか、漂流者への攻撃とか、都市部への絨毯爆撃や、原爆によるジェノサイドなど、非人道的とも言える行動がいくつもあったと俺は思います。
だから戦争が悲劇なのだと言うことがテーマなのですから、アメリカへの憎悪を煽るのではなく、戦争の悲劇をよりストイックに描くべきではなかったかと思います。
そして、私が心底不愉快だったのは、大和沈没から20分以上繰り広げられる戦後の話。
戦争映画でよくあるパターンがこれでもかと繰り広げられます。
早い話が
・戦死した戦友の家族に『おめおめアンタだけ生き残って!』と罵倒される
・恋人が広島や長崎に疎開または勤労動員
これですよ。
しかもこの映画は酷いですよー。
罵倒された翌日には和解してるし、広島で原爆にあった恋人と病院で再会してるんですよ。
バスの向こうで手を振っている少女(演:蒼井優)、これが今生の別れになったんだろうなーとか思ったら今生の別れじゃねえし!
だったらこれ、神尾の母親(演:白石加代子)の時にやれよ!
テンポが悪く、見ていて苛々しました。
とはいえ、この映画、映像や音楽、そして「泣かせる展開」には本当にうなるものがあります。
邦画にしては及第点でしょう。
何より、ちょい役で色々な俳優さんがいらっしゃるので、それを見つけるのも楽しかったですね。
「グランセイザー」の蟹座を演じた菅原卓磨さんも、宴会後の乱闘で出演してます。
エンディングでは泣いてたので、あんまりテロップが読めませんでしたが、ほかにも俺の知ってる俳優さんが出てたと思います。
つーわけで、2005年のラストを飾るにふさわしい映画「男たちの大和」。
映画のシナリオは薄いものの、作り手の熱意によって、それを気にさせない深い感動を与えてくれる作品となっています。
「思いっきり泣きたい!」人は是非見てください。オススメです。